32 / 64
谷兄弟の凋落 ―弟の場合➀
しおりを挟む谷の死により七番隊隊長の座が空いてしまったため、これを機に隊を再編成することになった。
勇はこの度新たに副長と各隊長の間に位置する立場として参謀という役職を設け、伊東を取り立てることに決めた。広島での働きぶりを高く評価していたのだ。伊東はこの人事を快諾し、隊内で異例の出世を遂げたのだった。人当たりの良い伊東は隊士にも人気があり、この人事に皆おおむね賛同している。
ここ数か月いろいろあったけれど、今一度気持ちを新たに、新選組はきっといい方向に向かうだろう。
……という希望に満ちた明るい雰囲気は、屯所内だけのものだった。
「ったく、勝っちゃんはよ、なんだってあの青瓢箪をそんな位置につけたんだ」
歳三が舌打ちした。
ここは、さくらの妾宅である。女子姿のさくらはもちろん、さくらのとある報告を聞きにやってきた源三郎もいる。妾宅にさくら以外の人間が出入りすることにすっかり慣れた様子の菊は、三人にお茶を出すと「ほなごゆっくり」と言って買い出しに出かけていった。さくらは、ずずっと喉を潤す。
「別によいではないか。広島で伊東さんは頼りになったみたいだし。諜報も幕府のお偉いさんと難しい話をするのもお手のものだったと。ああいう頭のいい人が上にいれば、新選組も『まともな組織』に見えるだろう。それにほら、なんやかんや言っても伊東さんはもともと武家の出だというし。表に出すのにちょうどいい。最近は見廻組も一層幅をきかせていることだし、新選組だってただの荒くれ者の集まりじゃないってところを見せねばな」
「なんだよさくら。やけに伊東の肩を持つじゃねえか。……まさか、サンナンさんの次は伊東ってわけか……!? ったくお前はああいうのばっかり」
「な、何を言っているのだ! そんな言い草、ここにいるのが源兄ぃじゃなかったら、口封じに斬り捨ててるところだ」
さくらは顔を赤くして左手で鯉口を切る真似をした。源三郎が「おー、怖」と茶化す。
「あのなあ。私は、勇と歳三がいがみ合ってぎくしゃくするなんてことになって欲しくないのだ……勇には勇の考えがあるのもわかるし、歳三には歳三の考えがあるのもわかる。私は、こんなところで、しかもこの三人で、勇の悪口など言いたくないのだ。……だが、ひとつだけ」
さくらはフーと一呼吸置いた。
「なぜ山崎が六番隊の隊長なのだ。しかもまだ広島のあたりを探っているというのに」
七番隊の隊長には左之助が収まることになったが、伊東が参謀として抜けたために空いてしまった六番隊の隊長は、山崎が務めることになった。もっとも、山崎はいまだ広島や長州周辺に潜伏して動きを探っており、もう何ヶ月も京にはいない。暫定措置として、当面は伊東の弟である三木三郎が六番隊の頭を務めることになっていた。
「なんだ、さくらも結局近藤先生の悪口じゃないか」
「源さん、山崎のことについては俺の采配だ」
「あーそうですか、それなら勇の悪口は言わなくて済むな。よかったよかった」
さくらは嫌味たらしく歳三に冷ややかな視線を向けた。
「六番隊はもともと伊東の隊ということもあって、どうも論客ぶったやつらが多い。剣術の腕もイマイチ。山崎を上につけて、その論とやらを実際の戦場、諜報で使ってみろってわけだ。現場で活かせれば、やつらは案外化けるかもしれねえ」
「ふーん」
「わかってんだろ。別に六番隊より監察が下ってわけじゃねえぞ。監察組頭の島崎朔太郎は、間違いなく副長助勤、隊長たちと同格だ」
「そういうことを言っているわけではない」
「とにかく。長州征討にいつ呼ばれるかわかんねえんだ。今はこの新しい編成で隊の強化を図る」
「何偉そうにまとめているんだ。もともと、歳三が伊東さんへの不満を漏らしていたのではないか」
「不満があろうがなかろうが、この体制でやるしかねえだろ」
「ならば最初から不穏なことを言うな」
「それはお前だって」
「はい、その辺にしなさい」
源三郎が手をパンパンと叩いた。さくらと歳三はぐっと口をつぐむと、すっかり冷めてしまったお茶を一気に飲んだ。
サンナンさんの次は伊東ってわけか!?
そんな話題が出ても、歳三と今まで通りの調子で口喧嘩をできたことに、さくらは安堵していた。
――これでいい。これがいい。
歳三とは、いろいろと言い争って、でもだからといって仲たがいするわけではなくて。ずっと、そうだった。これからも、このままでいたい。いなければいけない。
さくらは手持ち無沙汰に湯飲みを手に取ったが、お茶は先ほど飲み干してしまったのだと思い出した。
「で、例の件だが」
さくらは半ば無理矢理本題に入った。歳三も源三郎も、そういえば、と言わんばかりに居ずまいを正してさくらを見た。
「どうなんだ、実際。近藤さんに知らせた方がいいか?」
「いや、まだ確実ではない。息子として使いに来ただけと言われてしまえばそれまでだ。もう少し踏み込めればいいのだが……」
「トシさん、私もそれとなく様子を見ますよ」
「そうだな。……それにしても、だな」
三人は、暗い面持ちで溜息をついた。
もう一軒の新選組幹部妾宅では、主の勇が拳をわなわなと震わせていた。
「どういうことだ。説明しなさい」
目の前には、愛妾・雪。そしてその隣には、養子の周平。二人とも、しゅんとした様子で俯いている。雪の着物の衿は、少し乱れていた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
幕末レクイエム―士魂の城よ、散らざる花よ―
馳月基矢
歴史・時代
徳川幕府をやり込めた勢いに乗じ、北進する新政府軍。
新撰組は会津藩と共に、牙を剥く新政府軍を迎え撃つ。
武士の時代、刀の時代は終わりを告げる。
ならば、刀を執る己はどこで滅ぶべきか。
否、ここで滅ぶわけにはいかない。
士魂は花と咲き、決して散らない。
冷徹な戦略眼で時流を見定める新撰組局長、土方歳三。
あやかし狩りの力を持ち、無敵の剣を謳われる斎藤一。
schedule
公開:2019.4.1
連載:2019.4.19-5.1 ( 6:30 & 18:30 )
水野勝成 居候報恩記
尾方佐羽
歴史・時代
⭐タイトルを替えました。
⭐『福山ご城下開端の記』もよろしくお願いします。
⭐福山城さま令和の大普請、完成おめでとうございます。
⭐2020年1月21日、5月4日に福山市の『福山城築城400年』Facebookでご紹介いただきました。https://m.facebook.com/fukuyama400/
備後福山藩初代藩主、水野勝成が若い頃放浪を重ねたあと、備中(現在の岡山県)の片隅で居候をすることになるお話です。一番鑓しかしたくない、天下無双の暴れ者が、備中の片隅で居候した末に見つけたものは何だったのでしょうか。
→本編は完結、関連の話題を適宜更新。
よあけまえのキミへ
三咲ゆま
歴史・時代
時は幕末。二月前に父を亡くした少女、天野美湖(あまのみこ)は、ある日川辺で一枚の写真を拾った。
落とし主を探すべく奔走するうちに、拾い物が次々と縁をつなぎ、彼女の前にはやがて導かれるように六人の志士が集う。
広がる人脈に胸を弾ませていた美湖だったが、そんな日常は、やがてゆるやかに崩れ始めるのだった。
京の町を揺るがす不穏な連続放火事件を軸に、幕末に生きる人々の日常と非日常を描いた物語。
【完結】女神は推考する
仲 奈華 (nakanaka)
歴史・時代
父や夫、兄弟を相次いで失った太后は途方にくれた。
直系の男子が相次いて死亡し、残っているのは幼い皇子か血筋が遠いものしかいない。
強欲な叔父から持ち掛けられたのは、女である私が即位するというものだった。
まだ幼い息子を想い決心する。子孫の為、夫の為、家の為私の役目を果たさなければならない。
今までは子供を産む事が役割だった。だけど、これからは亡き夫に変わり、残された私が守る必要がある。
これは、大王となる私の守る為の物語。
額田部姫(ヌカタベヒメ)
主人公。母が蘇我一族。皇女。
穴穂部皇子(アナホベノミコ)
主人公の従弟。
他田皇子(オサダノオオジ)
皇太子。主人公より16歳年上。後の大王。
広姫(ヒロヒメ)
他田皇子の正妻。他田皇子との間に3人の子供がいる。
彦人皇子(ヒコヒトノミコ)
他田大王と広姫の嫡子。
大兄皇子(オオエノミコ)
主人公の同母兄。
厩戸皇子(ウマヤドノミコ)
大兄皇子の嫡子。主人公の甥。
※飛鳥時代、推古天皇が主人公の小説です。
※歴史的に年齢が分かっていない人物については、推定年齢を記載しています。※異母兄弟についての明記をさけ、母方の親類表記にしています。
※名前については、できるだけ本名を記載するようにしています。(馴染みが無い呼び方かもしれません。)
※史実や事実と異なる表現があります。
※主人公が大王になった後の話を、第2部として追加する可能性があります。その時は完結→連載へ設定変更いたします。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
佐々木小次郎と名乗った男は四度死んだふりをした
迷熊井 泥(Make my day)
歴史・時代
巌流島で武蔵と戦ったあの佐々木小次郎は剣聖伊藤一刀斎に剣を学び、徳川家のため幕府を脅かす海賊を粛清し、たった一人で島津と戦い、豊臣秀頼の捜索に人生を捧げた公儀隠密だった。孤独に生きた宮本武蔵を理解し最も慕ったのもじつはこの佐々木小次郎を名乗った男だった。任務のために巌流島での決闘を演じ通算四度も死んだふりをした実在した超人剣士の物語である。
楽毅 大鵬伝
松井暁彦
歴史・時代
舞台は中国戦国時代の最中。
誰よりも高い志を抱き、民衆を愛し、泰平の世の為、戦い続けた男がいる。
名は楽毅《がくき》。
祖国である、中山国を少年時代に、趙によって奪われ、
在野の士となった彼は、燕の昭王《しょうおう》と出逢い、武才を開花させる。
山東の強国、斉を圧倒的な軍略で滅亡寸前まで追い込み、
六か国合従軍の総帥として、斉を攻める楽毅。
そして、母国を守ろうと奔走する、田単《でんたん》の二人の視点から描いた英雄譚。
複雑な群像劇、中国戦国史が好きな方はぜひ!
イラスト提供 祥子様
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる