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墓前にて➀
しおりを挟む河合が切腹してから数日後、新選組隊内でまた死者が出た。
小川信太朗。千両箱の鍵が盗まれたとされる夜、河合と一緒に飲んでいた三人のうちの一人である。
夜半に「すぐ戻る」と屯所を出たきり帰ってこないので、脱走を疑い捜索したところ、複数の刀傷を受け、絶命しているのが発見された。
あたりは暗く目撃者はほとんどいなかったが、近くに住む人によれば、小川が数人の男と口論していたのは聞こえたらしい。少なくとも、「話が違う」「五十両は渡せぬ」ということは確かに言っていたという。
おそらく、五十両を盗んだのは小川で、それを繋がりのあった不逞の輩と山分けでもしようとしたのだろう。だが直前になって金に目がくらんだ小川は金を渡すのを拒んだ。それが「話が違う」ということなのだと考えれば、一応の辻褄は合う。
とは言え、不可解な点も残る。現に、なぜあれだけ持ち物を検めたのに五十両が出てこなかったのか。すでに使い込んだのなら小川が「五十両は渡せぬ」と言ったのもわかるが、改めて小川の人相を説明したうえで方々聞いてみても使われた形跡には行き当たらなかった。それに何より、いくら河合が酔いつぶれていたとはいえ、鍵を盗んで誰にも見られず千両箱を開けて金子を出し、また鍵を戻すということが本当にできたのだろうか。
だが結局は、死人に口なし。真実は闇の中である。小川を殺した下手人の素性や逃走先は、杳として知れない。さくら率いる諸士調役にとっては、大きな仕事がひとつ増えることになった。
そんなただでさえ忙しいという中で、さくらと歳三はとある客人と相対せねばならなかった。
河合の父親とその付き人が屯所に殴り込みをかけてきたのである。
「なんでや! なんでもう二、三日待たれへんかったんや!」
「ああ、耆三郎坊ちゃん、なんちゅうむごたらしい……」
さめざめと泣き崩れる二人を前に、さくらと歳三は苦笑いを漏らした。しかし、ここは心を鬼にしなければならない。
「理由はどうあれ、勘定を預かる者が隊の金を紛失し、期限までに落とし前をつけられなかったのです。これは、法度にもある『士道に背くまじきこと』にあたるものですゆえ」
歳三はきっぱりと、無表情で告げた。
「そうかといってあまりに殺生やないですか。それにや、なんで五十両を盗ったやつの腹を切らせんのや。こないなこと、絶対におかしいわ!」
だが、父親が泣こうが喚こうが、河合が生き返るわけではない。ひとしきり罵詈雑言を浴びせたのち、気が済んだのか、埒が明かないことに気づいたのか、最後にこう言い残して帰っていった。
「遺骸は、こっちで引き取りますよって。耆三郎のために立派な墓を立ててやらんとなあ」
残されたさくらと歳三は、大きく嘆息した。
「こんな時に限って、勇とか、伊東さんとか、源兄ぃとか、こう、人当たりよくかわせる面子がいないんだものなあ」
「しょうがねえだろ」
「あるいは……山南さんだったら、丸く収めてくれたのかもしれないなあ」
「はっ、それこそ言ってもしょうがねえこった」
歳三は苛々したようにガバッと立ち上がると、部屋を出ていった。
山南といえば、早いもので一周忌を迎えようとしていた。
だからと言って、何か特別に法要などするわけではない。新選組では、ここ一年の間でも多くの同志が命を落とした。いちいち一周忌だの三回忌だのとやっていれば、お経を聞かぬ日はなくなってしまうだろう。
さくらは、毎月そうしていたように、山南の墓前にいた。
――山南さん。もう、一年経つのですね。
墓石の前に腰を下ろし、じっと見つめた。
この一年も、いろいろなことがあった。気づけば、新選組はすっかり大所帯になって、最近ではぱっと見てすぐには名前の出てこない隊士までいる始末だ。三年前の今日、壬生の地に初めて足を踏み入れた時、こんなことになるとは想像だにしなかった。
「ねえ山南さん、今の新選組をどう思いますか。私の今を、どう思いますか。なんだか最近は、重要参考人は取り逃がすし、河合のことは助けられないし、失敗続きで」
今、河合に切腹を言い渡した歳三だけでなく、五日間で盗っ人を探しきれなかった監察方筆頭のさくらにも、隊士たちからの冷たい視線が注がれていた。
「山南さんに叱ってもらった方がいいのかもしれませんねえ。そういえば、私、あなたに叱られたことなんてなかったなあ」
その時、足音がした。見ると、そこには険しい顔をした歳三が立っていた。聞かれていただろうか。なぜ声に出して墓石に語りかけてしまったのかと、さくらはひどく後悔した。歳三から顔を背ける。そのまま、尋ねた。
「どうしたんだ。何か、急用か……?」
さくらの問いに、歳三は否、と答えたかと思うと、隣にどっかりと腰を下ろした。
「今日ぐれえ、来てみようかと思っただけだ」
「……そっか」
さくらは、そうっと歳三を見た。涼しい顔をしている。さくらのひとりごとを聞いていたのかいないのか、どちらにせよ気には留めていないようだった。
二人は、黙って墓石を見つめた。サアッと吹き抜ける風に意識を向ければ、「もう春だなあ」とぼんやり実感する。
「河合の墓、壬生寺にでっかいのを建てるらしい」
歳三が、おもむろに言った。
「俺は……正直言って、あの五日間で小川のことがわからなかったのも、五十両がこなかったのも、よかった、って思っちまった」
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