浅葱色の桜 ―堀川通花屋町下ル

初音

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不穏な動き⑤

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 さくらは斎藤に介抱されるようにして居酒屋を出た。夜風に当たると酔いが少し冷め、引き換えに後悔、情けなさ、自己嫌悪……様々な感情が渦巻いた。
 ――私としたことが……。酒に酔って十も年若の斎藤にこのような醜態をさらすとは……。
 無駄な抵抗とわかっていながらも、さくらは平静を装い確かな足取りで歩いた。すっかり暗くなった夜道を半歩後ろから、斎藤がついてくる。
「それにしても、土方さんも思い切ったことをしましたよね。島崎さんのための妾宅なんて。君菊さんって、確か上洛当初に少しだけ付き合いのあった女だとか」
「えっ、そうなのか? 歳三は自分の馴染みだと……」
「本当に馴染みの女を身請けさせたら、島崎さんが土方さんの女を寝取ったと思われてしまいますからね」
「そ、それもそうか……」
 斎藤の方が歳三の女関係に詳しいことに少々驚きつつも、なんとなくそれと悟られたくなくてさくらはそのままの歩調で角を曲がった。ここを曲がれば、妾宅はすぐそこだ。到着し、土間に入ると、歳三の下駄はまだあった。
「やはり、ここは屯所に帰るか……」
 さくらがため息交じりに斎藤を見上げたちょうどその時、部屋の方から足音がした。
「なんだ、遅いじゃねえか。ん? なんで斎藤がいるんだ」
 歳三だった。その表情から、あまり機嫌がよくないことが見てとれる。謎だ。昔の女と楽しくお過ごしになったはずなのに。とはもちろん、さくらも斎藤も口には出さなかった。
「斎藤は私の供を務めてくれたのだ。歳三こそ、なぜいるのだ」
「別件で近くまで来たんだ。せっかくだからいの一番にお前の報告を聞こうと思ってな」
「ふうん、別件」
「なんだよ」
「なんでもない。とにかく、今日の話なら屯所に戻ってからだ。勇の耳にも入れておきたい」

 さくらが男姿に着替えている間、歳三と斎藤は反対側の部屋の縁側に座って待っていた。
「で、なんであいつ酔ってんだ」
「やはりわかりますか」
「わかりますか、じゃねえだろう。だいたい、あの格好は任務の時だけのものだ。ふらふら飲みに行っていいなんて言ってない」
 斎藤は、何か考え込むように黙りこくってしまった。やがて、言いにくそうに言った。
「島崎さんは、一度ここに戻ったようですよ」
 歳三はハッとした。まさかあの時かと。ほんの四半時くらいの出来事だったというのに、よりにもよって。一番居合わせて欲しくなかった相手に。
「間の悪いやつ」
 と、歳三はポツリ、つぶやいた。所在なさげに斎藤から顔を逸らしたが、斎藤はちゃっかり聞いていたようで、
「なんですか?」
 尋ねてきた。
「なんでもねえ」
 これ以上この話題は無用だ。今はあまり考えたくない。だが、斎藤は容赦ない。
「俺と土方さんもそこそこ長い付き合いになりますけど、そんな顔は初めて見ました」
「ほっとけ。屯所で吹聴すんなよ」
「するわけないですよ。後が怖いですからね」
 歳三はニヤリと笑った。普段から年に似合わず落ち着き払っている斎藤の口から冗談が出るとは。
「へえ、お前にも怖いモンなんてあんのか」
 冗談に乗っかってみた。だが予想に反して斎藤は真面目に返してきた。
「誰にでもひとつやふたつはあると思いますよ。……土方さんの怖いものは」
 歳三は、ぼんやりと月を見上げた。満月は過ぎたが、まだふっくらとしていて存在感を放っている。雲も少なく、あたりをほの明るく照らしている。
 怖いもの。脳裏に浮かんだのは、切なげな顔をして自分を求める菊の姿だった。
「女、かもな」
 斎藤は、それ以上聞いてこなかった。なんだかんだ言っても、賢く、察しのよい男である。もしかしたら本当に「後が怖い」のかもしれないが。
「巻き込んで悪いが、お前にもサクからの報告を聞いてもらうぞ。内容いかんによっては特命で任務を頼むことになるかもしれない」
「承知」
 斎藤一。試衛館生え抜きの仲間を除けば、一番信のおける男だ。歳三は改めてそう思った。

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