浅葱色の桜

初音

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ながい、ながい夏の日 -夜⑦

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 さくらは奥の方で横たわっている総司を見た。着物が血だらけである。まさか、と再び背筋が凍るような心地がした。だがさくらの顔面蒼白な様子を見て察したのか、新八が説明してくれた。
「安心してください、あれは全部返り血ですよ。どこも怪我はしていません。恐らく暑気あたりでしょう。私が駆けつけた時、ふらりと倒れてそれっきりでしたので。命に別状はないと思います」
「なんだ、そういうことか、それならよかった……」
 ほっとしたが、やはり心配ではあるのでさくらは総司に近づいていった。
「ああ、島崎先生。すみません、ご心配おかけして」
 総司は意識もはっきりしているようで、さくらの顔を見るなりそう言って力なく笑った。だが顔色は青白く、元気がなさそうだった。
「大丈夫なのか?怪我はないんだな?」
「ええ。無傷は無傷なんですけど、体に力が入らなくて、起き上がれないんです」
「今はとにかく休んでいろ。あとのことは気にするな」
 ありがとうございます、と総司は微笑むとすうっと眠りについていった。さくらと新八は続いて平助を見舞ったが、よく眠っているようだったので声をかけずにそっとしておいた。
 それから、後回しにされていたさくら達の応急手当が始まった。周平が傷口を洗って手ぬぐいを巻いてくれた。
「お前は無事だったか」さくらは安堵の息を漏らした。
「はい、おかげさまで。土方先生にこちらの救護活動を手伝えと言われたので」
 さくらはわずかに微笑んだ。周平は不思議そうに「島崎先生?」と首を傾げる。
「今宵はいい働きをしたな。お前のおかげで命拾いしたようなものだ。近藤勇の息子として――私の甥として、ふさわしい働きだ」
「おい……?って、もしかして……」
「直接は話していなかったが、噂には聞いているだろう。私が江戸にいた頃の名前は近藤さくら。勇の義姉あねだ」
 周平は驚きのあまり持っていた手ぬぐいの束を落としてしまった。慌てて拾い上げる様子をさくらはくっくっと笑いながら見ていた。
「そ、そうとは知らず失礼しました……ですが、島崎先生もお人が悪い!なぜ話してくださらなかったのです」
「お前が近藤家の跡取りにふさわしいか見極めたかったのだ。黙っていたことは謝ろう」
 さくらが引き続き可笑しそうに笑っているのを見て、周平も笑みをこぼした。
「では、改めてよろしくお願いいたします、伯母上」
「”おばうえ”はよせっ」

 報復の夜襲を避けるため祇園の会所で朝まで待った後、新選組は堂々壬生へと帰隊した。その道中には大勢の見物人がいて、「壬生浪が恐ろしい計画を阻止したらしい」「やる時はやるんやな」などと珍しく新選組に対する好意的な声も聞かれた。
 さくらは総司と共に大八車に乗せられての帰営だったので、なんとなく恥ずかしさから小さくなっていたが、歳三に「もっと堂々としてろ」と叱られてしまった。
「新選組発足以来の大捕り物、大勝利なんだからな」 
 見上げると、歳三はいつになく嬉しそうな様子だった。顔には出さないようにしているようだったが、さくらにはわかった。
 前を歩く勇の背中からも、誇らしさと、高揚感が伝わってきた。さくらは二人を交互に見て、ひとり微笑んだ。
 ――私たちは、武士になれただろうか。
 少なくとも、何歩かは近づいたに違いない。さくらはそう確信した。

 新選組がその名を轟かせた「池田屋事件」の長い一日はこうして幕を閉じた。
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