浅葱色の桜

初音

文字の大きさ
上 下
187 / 205

江戸での出会い①

しおりを挟む
 さくら達一行が江戸に到着したのは九月初旬のことである。一年半ぶりの帰郷だ。上洛時は半月もかけて中山道を地道に歩いたが、早駕籠と海路も駆使してわずか六日足らずの旅程となった。

 勇は一緒に来ていた武田たちを引き連れて、早速方々を回り始めた。近く、朝敵となった長州藩に幕府として打って出る計画が持ち上がっている。会津藩としては、それには将軍上洛が必要不可欠だという考えであった。勇たちは幕臣、老中の屋敷を訪ね、会津の考えに賛同を得るべく奔走した。
 一方でさくらと新八は地道に江戸府内の道場を回っては新選組に入らないかと声をかけていった。
 しかし江戸では上洛前にさくらが他流試合で竹刀を交えた人物もちらほらとおり、「女に頼まれてなんかやるものか」とあえなく断られることも続いた。
 そもそも、さくらは江戸への道中で勇と新八が険悪にならないよう間を取り持つという役割を期待されて急遽東下の要員に選ばれただけであって、江戸に着いてからどうするかということが抜け落ちていた。そこでさくらは、日野方面に行って天然理心流門下の人間に声をかける役目を引き受けた。

 出発を前に、さくらは周斎の住む家に顔を出しにいった。
「おおー、さくら、久しぶりだな」
 一年半ぶりに見る父親は、以前よりも痩せて、元気がないように見えた。七十を過ぎているのだ。口には出せないが、いつお迎えがきたっておかしくない。それでも、「久しぶりだな」という声は少し弾んでいるようで、穏やかな笑顔に、さくらの胸は懐かしさでいっぱいになった。
「父上。少しの上洛のつもりがここまで長くなってしまって申し訳ありません。……と、謝っておきながらこんなことを申すのも忍びないのですが、ひと月ほどのうちに京へ戻ります。新選組は、これからが正念場。平助が当たっている道場の方々も、興味を示されていると聞いております」
「そうかそうか。……ははっ、京に”戻る”か。すっかりあっちの生活が板についたようだな。池田屋だっけ?すげえ活躍だったらしいじゃねえか。惣兵衛のやつが様子見にいくってそっちに行ったが、一緒じゃないのか」
「惣兵衛さんは京に残られています。もう少し町の様子を見聞したいと」
「見聞ねえ。物見遊山の間違いじゃねえか」
「さあ……どうでしょう」
 さくらは出発前の惣兵衛の様子を思い出した。例の建白書騒動のことを聞きつけた惣兵衛は「そういうことなら俺が行けばよかったなあ。なんでそんな面白いことに呼んでくれなかったんだよ」と笑っていた。
「惣兵衛さん、なんだか少し人が変わったというか、剽軽ひょうきんな感じになられたような」
「婚家でいろいろあったんだ。三行半みくだりはん出されたとこな。察してやれ」
「はあ……そうですか」
 歯切れの悪い返事をすると、さくらは意を決したように話題を変えた。
「父上。私、もうひとつ謝らなければならないことがございます」
「なんだ」
 さくらは、横に置いていた刀をすらりと抜いた。あちこち刃こぼれしており、ところどころに鈍い錆もついている。
「京では、この刀で……侍の端くれとして、たくさんの人を斬りました。その結果が、ご覧の通りです」
 周斎はさくらから刀を受け取ると、隅から隅まで顔を近づけて刀の状態を確かめた。
「父上からいただいた大切な刀です。一度は砥ぎましたが、これ以上砥いだり損傷が激しくなれば、折れてしまうでしょう。そうなる前に、これは父上にお返ししたいと思います」
「ばかやろう。刀なんてのはな、本来消耗品だ。使ってなんぼ。ボロッちくなるのが嫌でこんなところに置いてかれたって、刀も浮かばれねえよ」
「父上……」
「まだまだ使えるだろ。どうしようもなく使いもんにならなくなったら、その時新しいのを買えばいい」
 周斎は、満足げに微笑んだ。さくらもふっと笑みを漏らす。
「承知しました。それでは、再びこの刀と共に京でお役目果たしてみせます」
 それからは、この一年半の出来事をさくらは話して聞かせた。会津藩の預かりになり、新選組として京の治安維持を任されたこと、母の敵を討ってくれた恩人・芹沢をやむを得ず手にかけたこと、池田屋の顛末……。
 話は尽きず、日が暮れるまで父娘おやこは会話に花を咲かせた。










しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

紫苑の誠

卯月さくら
歴史・時代
あなたの生きる理由になりたい。 これは、心を閉ざし復讐に生きる一人の少女と、誠の旗印のもと、自分の信念を最後まで貫いて散っていった幕末の志士の物語。 ※外部サイト「エブリスタ」で自身が投稿した小説を独自に加筆修正したものを投稿しています。

庚申待ちの夜

ビター
歴史・時代
江戸、両国界隈で商いをする者たち。今宵は庚申講で寄り合いがある。 乾物屋の跡継ぎの紀一郎は、同席者に高麗物屋の長子・伊織がいることを苦々しく思う。 伊織には不可思議な噂と、ある二つ名があった。 第7回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞しました。 ありがとうございます。

新撰組のものがたり

琉莉派
歴史・時代
近藤・土方ら試衛館一門は、もともと尊王攘夷の志を胸に京へ上った。 ところが京の政治状況に巻き込まれ、翻弄され、いつしか尊王攘夷派から敵対視される立場に追いやられる。 近藤は弱気に陥り、何度も「新撰組をやめたい」とお上に申し出るが、聞き入れてもらえない――。 町田市小野路町の小島邸に残る近藤勇が出した手紙の数々には、一般に鬼の局長として知られる近藤の姿とは真逆の、弱々しい一面が克明にあらわれている。 近藤はずっと、新撰組を解散して多摩に帰りたいと思っていたのだ。 最新の歴史研究で明らかになった新撰組の実相を、真正面から描きます。 主人公は土方歳三。 彼の恋と戦いの日々がメインとなります。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

北武の寅 <幕末さいたま志士伝>

海野 次朗
歴史・時代
 タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。  幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。  根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。  前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。 (※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...