浅葱色の桜

初音

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新八の計画②

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「命懸け……」平助がごくりと唾をのんだ。
「近藤さんがいかに俺たちを家来扱いしているか、というのを書き出すから、近藤さんが非を認めれば近藤さんには腹を斬ってもらう。逆に、容保公が『このくらいは許してやれ』などと言った場合、近藤さんの態度が改まらない場合にはもうそんな新選組ではやっていけん。脱走する。もちろん切腹になるだろうが構わん」
「俺と新八っつぁんだけだと説得力がねえからよ。お前らを集めたってわけだ」
「なぜ俺を……」斎藤が呟いた。
「そりゃあもちろん、この前の戦の時のことだよ」
 斎藤の問いに答えたのは、新八でも左之助でもなく、平助であった。
「近藤さんが天王山に連れてく方じゃなくて、市中の見廻りを頼んだのは僕とはじめだろ?意識してるかどうかわかんないけど、僕たちが年少者だから大一番の方には連れてってくれなかったんじゃないかな。って考えると、やっぱり永倉さんの言うとおり僕たちのこと同志とは思ってなさそうじゃん」
「だが、藤堂さんは池田屋で近藤隊だった」
 斎藤の指摘に、平助は「うっ」と言葉を詰まらせた。
「でも、やっぱり僕はあの馬発言も聞き捨てならないし、新八さんに賛成する。なんだけど……」
 平助は申し訳なさそうに新八を見た。
「新八さん、ごめんなさい。僕、明後日には出発なんです……建白書に名前だけ書いといて不在っていうのも恰好がつかないから、僕は署名はしないでおきます。でも!新八さんたちが切腹するようなことがあったら、僕も必ず後を追いますから!」
「わかった。ありがとう、平助」
 ここからは部外者なので外しますね、と平助は部屋を出ていった。
 平助が出て行ったのを見送ると、島田がポツリと言った。
「で、なんで俺は呼ばれたんだ?」
「俺とお前の仲だろう」新八がケロリとして言った。
「それだけかよ。まあ確かに言われてみれば新八の意見は的を射てると思うし……わかった、俺も書こう」
「恩に着るよ。斎藤は、どうする?」
「俺は……」
 斎藤はしばらく考え込んだ。
「少し、考えさせてください」
「うん。構わん。大事なことだからな。さて、斎藤が入っても四人か……少し心もとないな」
「新八っつぁん、尾関と葛山は?」
「確かに、あの二人なら今回の趣旨に賛同してくれるかもしれない」
 斎藤がなぜその二人なのかと尋ねた。
「そうか、斎藤は知らないんだったな」
 新八はそう言うと、「実は」と話し始めた。
「この前の出陣の時にあの二人、局長とひと悶着あってな。俺たちはみんな天王山の中に入ってったんだが、尾関と葛山は見張りってことでふもとに残ったんだ。ほら、尾関は旗持ちだし。そしたら長州の残党が飛び出してきたみたいでな。人数に不利もあったことだし、乱闘の末、敵が小屋へ逃げ込んだところに火をつけたらしいんだ。それを見つけた近藤さん、怒って二人を斬り捨てようとしたんだ」
 斎藤が驚いたように目を少し見開いた。新八は話を続ける。
「さすがに土方さんが止めたけどな。今ここで二人も人数を失っても仕方ないし、斬られるに足る理由があるなら戻ってから切腹だって」
「そんなことが……土方さんならともかく、局長は温厚な方だと思ってましたが」 
「まあ間違っちゃいねえけどよ。あの人あれで自分が正しいと思ったら突き進んじまうところあるから。それが最近は裏目に出てんだ」
 左之助の言葉が決定打になったのか、斎藤は「わかりました」と言った。
「俺も署名しましょう」

 その頃、平助は山南の部屋に立ち寄っていた。
「ねえ山南さん、どう思います?」
 平助は、江戸で試衛館に出入りする前に通っていた伊東道場の話をしていた。新入隊士をそこから何人か連れてこられればと思っている。
「伊東先生か……。私は数回お会いしただけだからなぁ。平助の目を信じるよ。新選組の今後にいい影響を与えてくれそうだと思うなら、迷わず声をかけなさい。どちらにせよ最後に決めるのは向こうなんだしな」
「そうですね。伊東先生ご本人は、道場もあるから厳しいだろうけどお弟子さんたちの中から文武に秀でた人がいたら、誘ってみようと思います」
 それがいいよ、と山南は微笑んだ。平助はなんだか安心して、なんでも話せるような気がして、山南に質問をぶつけてみることにした。
「山南さんは、近藤さんのこと、どう思います?」
「どうって?」
「いや、なんていうかその、江戸にいた頃と少し変わったかなあって僕は思うから」
「そりゃあ変わるさ。道場主の時は稽古さえつけていればよかったが、今はそれだけというわけにはいかない。ご公儀のために、やらなくちゃいけないことがたくさんあるんだ」
「それは、そうですけど」
 納得いかないと言わんばかりの平助に、山南は微笑んだ。
「大丈夫。近藤さんは根のところでは大きく、筋の通った人だよ。少なくとも私は、近藤局長率いる新選組が好きだよ」
「そっか。僕は……山南さんが、みんながいる新選組が好きですよ」
「なんだか照れるな」
「あははっ」
 平助は「ありがとうございました」と言って立ち上がった。
「気を付けて行っておいで。江戸の皆さんによろしく」
「はいっ。精鋭連れて帰ってきますから、楽しみにしててくださいね」
 二人がゆっくりと言葉を交わしたのはこれで最後となった。むろん、二人ともこの時はそんなことは想像もしていなかった。
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