浅葱色の桜

初音

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勇の思い①

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 数日後。尾関、葛山の賛同も取り付け、六人分の署名がなされた建白書ができあがった。新八と左之助はすぐさま会津藩本陣へと提出した。すると、さらに数日後、新八らには容保直々の呼び出しがかかった。
 と、ここまでの事情を何も知らないのが、馬術で褒められてちょっといい気になっているさくらである。
「島崎さん、少しよろしいですか」
 斎藤が、さくらの部屋を訪ねてきた。
「どうした?」
 招き入れると、斎藤は正座をして折り目正しくお辞儀をした。
「島崎さんには、きちんとご挨拶しておこうと思いまして」
「な、なんだよ改まって」
「俺たちは、会津公に建白書を出しました。近藤局長の態度を改めてもらうために。建白書の内容が正当な訴えと認められれば、近藤局長には腹を切ってもらいます。反対に、間違っているのがこちらだという判断がくだれば、俺たちは新選組を辞めます。もちろんそれは即ち切腹するつもりです」
 さくらはぽかん、と口を開けて斎藤を見つめた。話の内容にそぐわない、のどかな小鳥のさえずりが遠くから聞こえてくる。
「いやいやいやいや待て待て待て待て。なんでそうなる?冗談だよな?」
「本気です」
 斎藤の目は真剣だった。さくらはゴクリと唾を飲んだ。
「誰がそんなことを言い出した?それと、理由を聞かせろ。なぜそんなものを出す」
 茶化したり流したりしては絶対にいけないことだとさくらは思った。試合を受けて立つ時のような真剣な眼差しで斎藤を見据える。
「言い出したのは永倉さんです。俺は永倉さんに誘われて署名しましたが、強制されたわけではありません。最終的には俺の意志です。近藤局長は……あくまで、俺から見ると、ですが」
 と、断ったうえで斎藤は話を続けた。
「近藤局長は、自分が、もしくは、せいぜい局長と土方さんや島崎さんが武士になることが最優先。末端の隊士はそれを達成するための駒にすぎない」
 さくらは「そんなことあるはずないだろう」と言い返したくなったが、まずは黙って斎藤の話を聞こうと思った。
「永倉さんは、局長がこのところ天狗になっている、と素行のことを言っていましたが、俺が賛同した理由は少し違います。俺は、土方さんか島崎さんが、新選組の顔となって皆を引っ張っていくほうがよいように思います。少なくともお二人は、ご自分ももちろん『武士になりたい』のでしょうが、同時に隊のこともきちんと見据えている。新選組のためを思って行動している。俺にはそう見えます」
 何からどう話していいやら、さくらはわからなかった。斎藤がさくらや歳三のことを買ってくれていたのは嬉しい反面、勇のことをそんな風に言われてはさくらまでもが非難されているような、そんな居心地の悪さも感じる。斎藤が話は終わったとばかりに黙り込むのでさくらは「私は……」と切り出した。
「私は――歳三だって――自分が局長になるべきなんて思っていない。斎藤にはわからぬかもしれないが、私も歳三も勇から『武士になろう』と誘われたのだ。農民の歳三が、女子の私が、武士になるなどと本気で取り合うものなど誰もいないような望みを、共に叶えようと勇は言ってくれたのだ。だから、私も歳三も、勇を追い出して新選組の頭におさまろうなどとは、微塵も考えておらぬ。斎藤、考え直してくれないか。勇がいなくなるのも、お前や新八がいなくなるのも、新選組にとっては痛手でしかないのだぞ」
「……島崎さんのおっしゃることはよくわかりました。ですが、建白書はもう取り消せません。この後黒谷に呼ばれているので、そろそろ失礼します」
「斎藤……!」
 立ち上がって部屋を出ようとする斎藤に、さくらは尋ねた。
「なぜ私にこの話を打ち明けたのだ」
 斎藤は、わずかに口角をあげた。
「島崎さんには、俺を拾ってくださった恩義があります。切腹の前に、ご挨拶を」
 斎藤はそれだけ言うと、さくらが制止する間もなく部屋を出てしまった。

 しばらく斎藤が出ていった方を呆然と見つめていたさくらだったが、やがてすっくと立ち上がって、追うように部屋を出た。
 向かった先は、厩《うまや》だった。
「島崎先生?どうしたんですか血相変えて」
 馬の世話をしていた周平が目を丸くして声をかけてきた。一緒にいた木内も不思議そうな顔をしている。
「周平、虎丸借りてくぞ。鞍を出してくれ」
「ええっ?でも、まだ町中を走るのは……」
「いいから。歩くよりは速い」
 さくらは周平、木内と共に馬の用意を終えると、さっと跨がり壬生村を出た。

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