浅葱色の桜

初音

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新八の計画①

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 戦から半月あまり。
 新選組は、束の間の平穏の中にあった。
 長州藩の人間は完全に京への出入りが禁じられ、見つけ次第捕縛してよい、ということになっていたが、さすがにもう戦意もないようで、残党がちらほら見つかる以外は目立った動きも見られなかった。
 新選組は池田屋や禁門の変での働きぶりが認められ、さらなる体制強化、軍備の強化を命じられた。近く、勇みずから江戸へ戻り、新入隊士を募集することになっている。先行して平助が出発し、目ぼしい人材にあたる予定だ。
 加えて、軍備強化の一環として始まったのが――

「怖がらないでください。落馬したらどうしようと思うから落馬するんです」
 助言したのは、指導係で来ていた神保内蔵助の息子・修理しゅりである。さくらや勇と同い年で、藩主容保からも目をかけられている逸材である。
 新選組には、会津藩から二頭の馬が支給されていた。これまでの活躍に対する報償の意味合いが強いが、緊急を要する事態が発生した時に何かと便利だろうということでいざという時に乗れるよう訓練しておくように、とのお達しがあった。その話を受け、壬生寺の境内では馬術の訓練が行われていた。
「べ、別に怖がってるわけじゃねえけどよ、うわっとっと……!」
 馬上にいた左之助がよろけた瞬間に馬の腹を蹴ってしまった。馬は不機嫌そうにいななくと、前足を上げて走り出した。
「うおおおお、そんなに速く動くなよおお」
「原田殿!落ち着いて!」
 神保は慌てて駆け出した。
「あっはっは!だらしがないなあ、左之助!」
 もう一頭の馬に乗って余裕の表情を浮かべているのは、さくらである。
 やっと左之助の乗る馬をなだめた神保が、息を切らせながらさくらを見た。
「島崎殿は筋がいいですね。馬への恐怖心を払拭するというのは何より肝要ですから。あなたはそこを克服してらっしゃる」
「怖くはないですね。この子、かわいいじゃないですか。なあ虎丸とらまる
 さくらは馬の首筋を撫でた。さくらの乗っている馬は虎丸。左之助の乗っている馬は竜丸たつまるという。

「それにしても、馬に虎とか竜とか名付けるというのはどうなんですかねえ」遠目にその様子を見ていた平助がポツリと言った。
「平助、聞こえるぞ」新八がつっこんだ。二頭の馬の名付け親は、誰あろう島崎朔太郎である。強そうでいいではないかとあっけらかんとして言っていた。ちなみに最初は「鴨丸」と「梅丸」にしようとしたらしいが、歳三の反対に合い却下になったという。
「ぱっつぁーん、平助えー」
 情けない顔をして新八らの元に左之助が戻ってきた。股の辺りを抑えている。
「あー、やっぱ、が痛いんだよなあ」新八は同情するような視線を左之助に向けた。
「さくらちゃんには、この痛みはわかるめえよぉ」
「でも島崎さんも降りると足が痛いとか腰が痛いとか言ってますよ」
「平助、お前どっちの味方だよ」
「どっちってわけじゃないですけど」
「まあまあ、あまり無理して乗れるようにならなくても大丈夫だぞ。二頭しかいないんだし、左之助たちが実際乗る機会はほとんどないだろうさ」
 三人の会話を隣で聞いていた勇が、にこにこと笑顔を見せながら、割って入った。
「近藤さん……」新八が何か言おうかと口ごもっている間に、勇は言葉を続ける。
「なんにせよ、サクが皆から一目置かれる存在になるのはいいことだ」
 では次は近藤殿、と神保に呼ばれて勇は立ち去っていった。

 馬術の稽古が終わってそれぞれ巡察に出たり空き時間ができたりする中で、新八と左之助の部屋には平助、島田、斎藤が集まっていた。
「近藤さんには、我慢ならん」新八が語気を強めた。
「だよなあ。あの発言、明らかに俺たちを下に見てるよなあ」左之助も同調した。
「あの発言とは」
 島田が眉間に皺を寄せ尋ねるのに、左之助が答えた。
「俺たちは馬に乗る機会もないだろうって。つまりだよ。乗るのは大将だけ。局長と、まあ、二頭いるしせいぜい土方さんくらいしか乗せねえってことだろ。この前の戦のこと思い出してみろよ。馬に乗ったお殿様の周りを家来が囲んで歩いてる図。近藤さんの頭ん中にあるのはそれだ」
「えー、考え過ぎじゃないのか?」島田が首を傾げた。だが、新八がそれだけじゃない、と続けた。
「池田屋の恩賞金。あれだって、近藤さんが一番多く持っていっただろう。あまり金の話はしたくないが、屯所を守った山南さんや、探索に精を出してた山崎が一文たりとももらえないのはどうなんだ。…………まあ、俺も次いで多くもらってるから説得力に欠けるかもしれんが」
 会津から支給された多額の恩賞金は、池田屋に最初に突入した近藤隊、追って入った土方・井上隊の順に金額に序列がつけられ、屯所に待機していた山南らには支払われなかったのである。
「ああ確かに。近藤さん、その金で女を身請けするなんて噂もあるしなあ」
 島田の理解を得たところで、新八がさらに意見を述べる。
「俺たちは同志として上洛したはずだ。確かに、近藤さんの人柄に惹かれて皆が集まったようなところもあるから、近藤さんが局長になったことに異論はない。だが、それはあくまでまとめ役、新選組の顔として役割が与えられているだけで、そこに主従の関係があるわけではない」
「でも、最近の近藤さんはそこを履き違えちゃってんだよなあ」左之助も新八の言説に加わる。
「そこでだ」
 新八はコホンと咳払いをすると、皆の顔を見回した。
「容保公に、建白書を出そうと思う」
「建白書?」島田が尋ねた。
「裁いてもらうんだ。もちろん、命懸けでな」
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