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最期のつとめ、恋のおわり⑥
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山南の切腹の刻限が近づいてきていた。
さくらは、山南を呼びに控えの小部屋に向かった。見張りの隊士にもうよいと告げ、中に入る。
浅葱色の切腹裃に着替えた山南は、すっと背筋を伸ばしてただそこに正座していた。
「山南さん。そろそろ……時間です」
「わかりました」
「最後にもう一度言います。今、見張りの隊士は帰しました。ここには、私しかいません。今なら……」
「さくらさん。もう、よいのです」
その言葉を聞いて、さくらは涙を見せるまいと、笑顔を見せた。
「山南さん。ありがとうございました」
「こちらこそ、さくらさんには感謝しています。あなたが一番、私のことを気にかけて、見ていてくれていたように思います。その……お気持ちも、嬉しかった」
「いえ、私など……あのような場で、突拍子もないことを申しました……」
さくらは俄かに顔を赤らめた。昨日の発言を激しく後悔しているというわけでもないが、やはりあのまま墓場まで持っていくべきだったかとも思う。
「さくらさん。これからの新選組を、頼みます。あなたにこそ、私の好きな新選組を、託したいのです」
山南にそう言われることは、数年越しの恋が成就するよりも、光栄で喜ばしいことであった。さくらは飛び切りの笑顔で、力強く言った。
「はい。私にお任せください」
その後、大部屋に移動し、上座に腰を下ろした山南の前には、短刀が置かれていた。
それを見守るのは、幹部以上の隊士である。皆神妙な面持ちで、じっと山南を見つめていた。誰一人、言葉を発しなかった。
山南の後ろには、襷をかけた総司が立っていた。抜き身の刀が、わずかな行燈の光を反射して、きらりと光った。
「近藤先生、皆さま。お世話になりました。沖田君、声をかけるまで、待ってくれないか」
総司の表情に一瞬驚きの色が浮かんだが、すぐに微笑むような表情で、「承知しました」と応えた。
さくらは、決して、瞬きのひとつもすまいと決めた。
――山南さんの姿を、この目に焼き付けなければ。
山南は、丁寧な所作で短刀を手に取った。それを、真っ直ぐに自身に突き立てた。
「沖田君」
それは、まさに武士の最期だった。
***
さくらは一人になりたくて、提灯を片手に壬生寺の境内に入った。
だが、石段の上には、先客がいた。
「歳三……」
なんだよ、とさくらを睨む歳三に、「少し……外の空気を吸いたかっただけだ」と答えた。歳三が何も言わないので、石段を数段上って、隣に腰を下ろした。
互いに、何も話さずに時が流れた。もうすぐ春本番とはいえ、夜の風はツンと冷たい。
「……サンナンさんとは、話せたのか」
「何を」
「大津で。何かこう、いろいろと」
さくらは「ああ」と鼻で笑った。
「お慕い申しておりました、と告げてしまった。まあ、それでどうというわけでもない」
「そっか……まあ、よかったんじゃねえか。最期に言えて」
「うん、後悔はしていない。端から山南さんとどうこうなることなんて考えてなかったし……ただ、やはり考えてしまうのだ。どうすればよかったのだろうと。今は、悔しさしかない。こういうことになってしまったのが……ただ、悔しいのだ。悔しい……山南さん……山南さん……やっ……」
さくらは息を呑んだ。温かいものに覆われる感覚がした。
「歳三……?」
「すまねえ……すまねえ……」
歳三は、さくらを抱きしめる腕に力を込めた。
「俺のせいだ……法度のせいだ……」
「……違う。お前は、新選組のために、立派にやっている」
歳三は、震えていた。さくらは首筋が濡れるのを感じた。歳三が、泣いている。
「……ふふ、鬼副長の目にも涙か……ならば私も遠慮なく泣いてやる」
歳三はもう、何も言わなかった。さくらも、歳三の胸に顔を埋めて、堰を切ったようにただひたすら泣いた。
さくらは、山南を呼びに控えの小部屋に向かった。見張りの隊士にもうよいと告げ、中に入る。
浅葱色の切腹裃に着替えた山南は、すっと背筋を伸ばしてただそこに正座していた。
「山南さん。そろそろ……時間です」
「わかりました」
「最後にもう一度言います。今、見張りの隊士は帰しました。ここには、私しかいません。今なら……」
「さくらさん。もう、よいのです」
その言葉を聞いて、さくらは涙を見せるまいと、笑顔を見せた。
「山南さん。ありがとうございました」
「こちらこそ、さくらさんには感謝しています。あなたが一番、私のことを気にかけて、見ていてくれていたように思います。その……お気持ちも、嬉しかった」
「いえ、私など……あのような場で、突拍子もないことを申しました……」
さくらは俄かに顔を赤らめた。昨日の発言を激しく後悔しているというわけでもないが、やはりあのまま墓場まで持っていくべきだったかとも思う。
「さくらさん。これからの新選組を、頼みます。あなたにこそ、私の好きな新選組を、託したいのです」
山南にそう言われることは、数年越しの恋が成就するよりも、光栄で喜ばしいことであった。さくらは飛び切りの笑顔で、力強く言った。
「はい。私にお任せください」
その後、大部屋に移動し、上座に腰を下ろした山南の前には、短刀が置かれていた。
それを見守るのは、幹部以上の隊士である。皆神妙な面持ちで、じっと山南を見つめていた。誰一人、言葉を発しなかった。
山南の後ろには、襷をかけた総司が立っていた。抜き身の刀が、わずかな行燈の光を反射して、きらりと光った。
「近藤先生、皆さま。お世話になりました。沖田君、声をかけるまで、待ってくれないか」
総司の表情に一瞬驚きの色が浮かんだが、すぐに微笑むような表情で、「承知しました」と応えた。
さくらは、決して、瞬きのひとつもすまいと決めた。
――山南さんの姿を、この目に焼き付けなければ。
山南は、丁寧な所作で短刀を手に取った。それを、真っ直ぐに自身に突き立てた。
「沖田君」
それは、まさに武士の最期だった。
***
さくらは一人になりたくて、提灯を片手に壬生寺の境内に入った。
だが、石段の上には、先客がいた。
「歳三……」
なんだよ、とさくらを睨む歳三に、「少し……外の空気を吸いたかっただけだ」と答えた。歳三が何も言わないので、石段を数段上って、隣に腰を下ろした。
互いに、何も話さずに時が流れた。もうすぐ春本番とはいえ、夜の風はツンと冷たい。
「……サンナンさんとは、話せたのか」
「何を」
「大津で。何かこう、いろいろと」
さくらは「ああ」と鼻で笑った。
「お慕い申しておりました、と告げてしまった。まあ、それでどうというわけでもない」
「そっか……まあ、よかったんじゃねえか。最期に言えて」
「うん、後悔はしていない。端から山南さんとどうこうなることなんて考えてなかったし……ただ、やはり考えてしまうのだ。どうすればよかったのだろうと。今は、悔しさしかない。こういうことになってしまったのが……ただ、悔しいのだ。悔しい……山南さん……山南さん……やっ……」
さくらは息を呑んだ。温かいものに覆われる感覚がした。
「歳三……?」
「すまねえ……すまねえ……」
歳三は、さくらを抱きしめる腕に力を込めた。
「俺のせいだ……法度のせいだ……」
「……違う。お前は、新選組のために、立派にやっている」
歳三は、震えていた。さくらは首筋が濡れるのを感じた。歳三が、泣いている。
「……ふふ、鬼副長の目にも涙か……ならば私も遠慮なく泣いてやる」
歳三はもう、何も言わなかった。さくらも、歳三の胸に顔を埋めて、堰を切ったようにただひたすら泣いた。
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