浅葱色の桜

初音

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壬生を発つ時③

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 さくらはまず風呂敷を開いた。目論見通り、浅葱色の羽織が入っていた。この羽織を見ると、壬生浪士組として活動していた頃からの出来事が走馬灯のように思い出される。以前は、山南も前線で刀を振るっていた。芹沢の行き過ぎた「巡察」や「検め」を一緒に制しにいったりもした。そして、芹沢を襲撃した時は、共に修羅場をくぐり抜けた。
 ――芹沢さんも、山南さんも、せめてあの世では安らかに過ごして欲しい。
 さくらは、一緒に落ちてきた箱に目をやった。そっと蓋を開けると、何通かの手紙が入っていた。
「これ、明里さんからのだ……」
 明里からの艶文だった。読んではいけないと頭ではわかっていつつも、一通だけ、一通だけ、と自分に言い聞かせてさくらは一番上の手紙を少し開いた。
『身請けしてくださるとのこと、とても嬉しく思います。あなたと暮らせる日のことを心待ちにしています』
 そこまで読んで、さくらはやはり耐えられないと思い、急いで手紙をしまって箱を元の位置に戻した。
 明里は、あれから山南の最期の言葉通り、島原を去り故郷に戻った。落ち着いたらさくら宛てに手紙を出すと言っていたが、それがいつになるかはわからない。
 ――これこそ、誰がどうするんだ。
 さくらには、手紙の束をどうするべきか判断がつかなかった。否、判断してはいけないと思った。自分がそれを担えば、どうあがいても私情が入ってしまう。
 さくらは羽織だけ抱えてそそくさと部屋を出た。
「さくら。どうした」
 部屋を出ると、縁側に勇が座っていた。
「山南さんの部屋に、忘れ物」
 さくらはそう言って、風呂敷を少し解いて羽織とちらと見せた。
「あはは、懐かしいな。……荷造りは済んだのか?」
「ああ。だいたいはな。勇は?」
「おれは最後に出るから。八木さんたちにも挨拶していかなきゃいけないし」
「だからって全然しないのもどうかと思うぞ。ざっと見る限り、しっかり荷造りが終わっている奴の方が少ない」
「まあまあ、みんないざとなったらなんとかするだろう」
 ふうん、とさくらが気のない返事をすると、勇もそれ以上何も言わず、沈黙が流れた。だが沈黙となっても気まずさは一切なく、二人とも束の間ゆったりと流れる時間に身を任せているようだった。どこからか、ひらひらと桜の花びらが舞い込んでくる。そういえば、壬生寺の向こうに植わっている桜が今朝満開になっていた。京に来てから、三度目の桜だった。勇も同じことを思っているのか、落ちた花びらをぼんやりと見ながら言った。
「まさか、こんなに長く京にいることになるとはな」
「こっちへ来てから二年か。なんだか、信じられぬな」
「うん。……なあ、さくら」
 うん?とさくらは勇を見た。
「ありがとうな」
「なんだよ改まって」
「おれ一人じゃここまで来られなかった。だからさ」
「それは私も同じこと。お互い様だ」
「これからも、一緒に新選組をやってくれるか」
「もちろんだ。……山南さんのためにも、新選組は強くならないといけない」
 勇は、「そっか」と言って笑った。思えば、この笑顔から始まったのだ、とさくらはなんだか感慨深くなった。

 一緒に、武士になろう。
 さくらと勇は、改めて思いを胸に刻んだ。

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