浅葱色の桜

初音

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壬生を発つ時②

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 パチンパチンと歳三が爪を切る音を聞きながら、総司は不貞腐れた顔をした。
「なんだか、ああ、島崎先生って、そうだったんだあ、ってそういう風に見ちゃいますよこれから。どうしてくれるんですか」
「どうもこうもないだろ。盗み聞きしたお前が悪い。それに、里江の時といい、女が誰に惚れてるかってのに気づかなさすぎるお前が悪い。剣術以外のそういうとこ、お前はからきし駄目だな」
「お、お里江ちゃんのことは今はいいじゃないですか……!土方さんも意地の悪い!」
 里江の名を出されて、総司は狼狽した。かつて好意を告げられたのを総司が断ったら、未遂に終わったとはいえ自害を図った。そんな里江の気持ちが、今でも完全には理解できていない。
「お前も少しは女に慣れろ。大人になれ。そうすりゃわかるようになる。引っ越したら島原は目と鼻の先だ」
 そう言われましても……と不服そうな目を向けると、歳三は
「いいから早く引っ越しの用意をしろ」
 と総司を睨みつけた。

 ***

「ああもう、引っ越しの!日程が!早い!」
 さくらは文句を言いながらも、押入れから荷物を引っ張り出しては乱雑に行李に詰めていった。変装することも多い仕事ゆえ、着物や雑多な小物もおそらく普通の隊士よりは多いはずだ。むろん、比べたわけではないのでわからぬが。
「私はもうできたぞ」源三郎が得意げに言った。
「源兄ぃは今日出立なんだからむしろできてないとまずいだろう」
「なあ、これ。懐かしくないか」
 そう言って、源三郎が出してきたのは袖にだんだら模様が染め抜かれた浅葱色の羽織だった。もともと夏物の羽織だったこともあり、昨年の池田屋出動の時に着たきり誰も着てはいない。昨秋大勢入隊した新入りたちに配られてもいないから、この羽織の存在は徐々に忘れられていくだろう。
「そうだなあ。私も、なんとなく捨てられないし、持っていこうかな」
 さくらは浅葱の羽織はどこにしまったのだっけ、と押入れや箪笥を探したが、どこにも見当たらない。
「なんだ、ないのか?」
「うん……しばらく使ってなかったから、奥の方にしまいすぎてしまったのかもしれない……でなければ、あとは……あっ」
 怪訝そうな顔をする源三郎に、さくらは気まずそうにへらりとした笑顔を向けた。
「山南さんの部屋かも」

 さくらは、誰もいない山南の部屋の襖をそっと開けた。
 がらんとした部屋には、まだ山南が使っていた文机や本の束が残っている。これはいったい誰がどう処分するんだろう、ということを思ってしまったら、この部屋に来たことを少し後悔した。
 まだまだ、残しておきたい。山南の息遣いが聞こえるような、彼の物たちを。しかし、数日のうちにはすべて引き払ってこの前川邸は明け渡すことになっている。こういうことは、あえて山南と親交の薄かった新入りの隊士に任せてしまおう。さくらは勝手に結論付けると、文机の傍に積まれている本のうちの一冊を手にとってみた。『難波軍記』。大坂夏の陣で活躍した真田幸村の軍記だ。
「真田幸村は徳川様から見れば敵ですが、軍記物の主人公としてこれほど面白い人物もなかなかいませんよ。さくらさんも読んでみては」
 ――そんな風に、薦めてくれたこともあったっけ。結局全部は読めなかったが、山南さんと感想を話すのは、楽しかったな。
 さくらは意を決したように立ち上がった。感慨に浸ったら涙が出てしまいそうだ。本来の目的を果たさねば。
 あるとしたら、押入の奥の方だ。さくらは手前の荷物を順に下ろしていき、奥に手をやった。これかもしれない、という風呂敷の感触がしたので、ぐいと引っ張った。同時に、小さな籐の箱がごとっと音を立てて落ちてきた。
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