浅葱色の桜

初音

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山南の憂い①

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 新選組の準備もむなしく、長州征伐は「長州藩家老三名の斬首」を条件に和睦という形で決着を見た。
 その和睦を主導したのが、禁門の変の際に勇が見かけた西郷吉之助だというのだから、新選組としてはなんとも面白くない幕引きだ。 

 年が明けて元治二(一八六五)年。
 新年早々、新選組は不逞の浪士取り締まりに手を焼いていた。たとえば、大坂に逗留していた谷三十郎、万太郎兄弟は、石蔵屋というぜんざい屋に潜む土佐脱藩浪士を捕縛、密書の差し押さえを行った。彼らが大坂城に放火しようと計画していたことを突き止めたゆえだ。もっとも、一味の半数以上は逃げおおせており、歳三は京都の本隊を呼ばなかったことを嗜めたが、「大坂版池田屋事件のようだ」と奉行所などからの評判は上々だった。とにかくも、まだまだ幕府に盾つく不逞浪士はそこここに潜んでいるということが明るみになった一件だった。
 この件を受け、長州征伐に備えて始めていた洋式調練は今後も役に立つだろうからそのまま続けようということになった。一番から八番の小隊編成に、小荷駄隊、行軍世話役(事実上の諸士調役隊)という構造も引き継がれた。二番隊については、新八が隊務に復帰したこともあり、伊東は隊長補佐の役目に回った。

 そして一月中旬、寒さも少し和らいできた頃。新選組では、とある議題が持ち上がった。
 屯所の移転である。
 昨秋の増員で、前川邸・八木邸をめいっぱい使っても屯所は狭苦しかった。苦肉の策として、体よく大坂駐屯の隊士を増やしたりもしたが、限界は近い。
 移転先として候補に挙がったのは、壬生の屯所から半里ほど離れた西本願寺である。池田屋の頃に比べ倍増した隊士が起居するのに広さは十分。それだけでなく、西本願寺を選んだのには別の狙いもあった。

「去年の戦の時、長州のやつらをかくまってたって話だ」
 歳三が淡々と言った。部屋には勇、歳三、山南の他、各小隊の隊長が顔を揃えている(こればかりは出席しないのも不自然ということでさくらも参加していた)。二番隊からは、稽古指導中の新八に代わって伊東が出席している。
 さくらは歳三の発言を聞いて、呟くように言った。
「それについては、面目ない……」
「なんで島崎先生が謝るんですか」総司が尋ねた。
「あの時、町民を逃がすのに精一杯で、そこまで掴み切れていなかった。その場で見つけていれば何かしらできたかもしれないのに」
「気にするな。こんなことは後になってからこそ言えることだ。島崎君たちは、あの時あの人数で精一杯の働きをしてくれた」勇が笑みを浮かべた。
「そこでだ」
 歳三がコホンと咳払いをした。
「あの寺を牽制するという目的も兼ねようと思う」
「何か意見がある者は」
 勇の呼びかけに最初に答えたのは山南だった。
「それは……さすがにどうでしょう。寺の敷地内で……例えば、葛山君のような者が出た場合、切腹をさせるということですよね」
「まあ、そういうことになりますね」
「サンナンさん。俺たちはすでに鬼だの狼だのと呼ばれてるんだ。今更バチやら祟りやら気にしたって仕方ないぜ」
「そうは言っても……」
「これからは洋式調練で鉄砲の訓練や馬術の訓練も増える。隊士の部屋だけじゃない。厩も増やさなきゃならねえんだ」
 意見のある者は、と呼び掛けた割に反対意見や懸念を述べても歳三に一蹴されてしまうではないかと、それ以上は誰も何も言えない雰囲気になってしまった。結果、左之助が「まあいいんじゃねえの」、総司が「近藤先生がそれでいいなら」、他、数名がぽつりぽつりと賛意を示すにとどまった。
「それでは、近く下見ならびに交渉に赴く。伊東さん、一緒に来てもらえますか」
「ええ、構いませんよ」
 歳三は満足げに頷くと、「それではこれにて解散」と告げた。
 三々五々皆が立ち上がって部屋を出ていくのをよそに、さくらは勇、歳三、山南の様子をじっと見ていた。
「山南さん、事前にお耳に入れておらずすみません。体調が芳しくなかったようですから」勇が謝っていた。
「いえ、私は別に……」
「サンナンさん、わかってくれ。新選組がでかくなるためには、西本願寺移転は必要なことなんだ」
 歳三が真剣な眼差しでそう言った。山南は力なく微笑むと、わずかに頷いた。
 それを見ていたさくらは、なんだか胸が締め付けられるような心地がした。
 ――あれでは、山南さんがかわいそうだ。完全に蚊帳の外ではないか。副長二人のうちの一人といっても、最近は前にも増して勇と歳三の二人で何かと決めてしまうことも多い。
 勇と歳三が立ち去った。広い部屋に、さくらと山南だけが残ってしまった。山南が、不思議そうにさくらを見た。
「あ、えーと……山南さん」
 さくらは山南に近づいた。以前に比べて、山南はずいぶん痩せてしまった。「なんでしょう?」と言うその声は、元気がない。
「その、なんだかすみません。あの二人、山南さんに相談もなしにあれこれ話を進めてしまったみたいで」
「なぜ島崎さんが謝るのです」
「いやその……二人とも私の弟みたいなものですから。あの……体調とかいろいろ、大丈夫ですか?きっ、気晴らしに木刀振りたいなあとか、散歩したいなあ、とかあったら、私いつでも付き合いますから!」
「ありがとうございます」
 山南はふわりと微笑んだ。さくらは、どきっと心の臓が跳ねるのを感じた。
 山南に、元気になって欲しいと思った。今でも変わらず、さくらにとってとても大切で、とても好きな人なのだから。

 
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