浅葱色の桜

初音

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明里の頼み③

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 さくらは、平静を装うことに全神経を集中させた。明里は、こんな話をしに、わざわざ自分を呼び出したというのか。
 ――落ち着け。……私は、武士だ。新選組の、幹部隊士だ。だから……
「せやけど、そう言うたきり、一度も会いにきてくれへんの。身請けいうても山南はんは屯所に住んどるし、うちはどうしたらええのかとか、そういうことお話したいのに」
 明里は伏し目がちになってため息をついた。さくらは不覚にも、その仕草が色っぽいと思ってしまった。もとから勝負にさえなっていないのに、「敗北感」の三文字をひしひしと感じながら、何か言わねばとさくらは明里の嘆きに応えた。
「それじゃあ、今から一緒に屯所行きます?たぶん山南さんいますから」 
 ――って、我ながらなんて意地の悪い物言いなのだ……。
「そないな野暮なことできしまへん。他に新選組のお知り合いなんてお初はんしかおらんのや。それでわざわざお呼びしたんえ」
「まあ、それもそうでしょうけど……」
「不躾なお願いなのはわかっとります。せやけど、うちは心配なんどす。お初はんは、毎日好きなお人に会えるさかい、わからへんかもしれへんけど」
「はい?」
 ――まさか、バレてる?だとしたら、なんて挑戦的な……
「ふふ、わかっとりますえ。あの澄ましたお顔の副長はん。土方さんいわはりましたな」
 さくらは拍子抜けして、体の力も馬鹿みたいに抜けてしまって、ぷっと笑った。
「明里さんも、意外と安直なことを考えられますね。土方は確かにあの顔で女子にも好かれるようですが、見慣れてしまえばなんてことありませんよ。前に明里さんは、隊内に好いた者がいるでしょう、なんて言ってましたけど、私は生憎普通の女子らしさみたいなものは持ち合わせておらぬのです。新選組あそこにいるのは皆志を同じくする武士の仲間。それ以上でも以下でもござらん」
 明里はきょとんとしてさくらを見つめるばかりであった。さくらはコホンと咳払いをした。
「……私が少し様子を見て探りを入れてみますよ」
「おおきにお初はん。えろう助かります」
「明里さん。山南さんのこと、よろしくお願いしますね。山南さんには、明里さんのような、心の拠り所が必要ですから……」
 明里が顔を赤らめつつ微笑むのを見て、さくらも笑みをこぼした。

 さくらは屯所に戻ると、早速山南の部屋に向かったが、不在であった。散歩に出たらしい。その隣の部屋からは、勇と歳三の話し声が聞こえた。
「……境内の北側はほぼ俺たちで使えることになりそうだ。既存の北集会所の建物は平隊士の雑魚寝部屋にして、幹部棟を別に普請する」
「なるほどなあ……山南さん?戻ってこられたのですか?」
 さくらの立てた物音を山南の帰営と勘違いしたのだろう、勇が声を張り上げた。さくらは勇の部屋の襖をからりと開けると、「私だ」と顔を覗かせた。
「さくら、どうした」
 歳三が怪訝そうな顔をするのに、さくらは「ちょっと山南さんに用があってな」と答えると、そのまま二人の隣によいしょと座った。
「今大事な話してんだよ」
「屯所のことだろう。私に言えぬ話でもあるまい」
「お前はぎゃあぎゃあ口挟みそうで面倒だ」
「よくわかっているではないか。ならば言わせてもらおう。本当に西本願寺で決めるのか?確かにもう今の屯所は手狭だし、八木さんだって半年くらいのつもりだったろうにもう二年も置いてくれている。潮時だと思う。だが、少しは山南さんの意見にも耳を傾けたらどうだ」
「あのな。全員の意見が一致するの待ってたらいつまで経っても移転できねえ。第一よ、サンナンさんだって否定ばかりで対案の一つも出してこねえじゃねえか」
 うっ、とさくらは一瞬言葉に詰まったが、「しかし」となんとか続けた。
「山南さんだって、歳三と同じ副長なのだ。局長に次ぐ席にいる山南さんの意見を無視するというのは……」
「さくら、そのことなんだが」
 遮ったのは勇だった。
「山南さん、どうだろう。最近は臥せってしまうことも多いし、副長というのは荷が重いのではないかと」
「しかし、山南さんの知識や交渉力は必要だろう」
「うん、刀が使えない分、そういうことで力を発揮してくれてはいたんだが、最近は、ということさ。いっそ、諸士調役とか、そういう、もっと刀なしでもできる仕事に特化してもらうとか、どうかなあと思ってさ」
「どうだかな」
 歳三が鼻を鳴らした。
「サンナンさんは、ああ見えて気位が高いところがある。『降格』にハイそうですかと応じるかどうか」
 さくらは不覚にも、「一理ある」と思ってしまった。勇も同じことを思っているのか、難しい顔をしてうーんと唸っている。
「まあ、とにかく、その辺はもう少しゆっくり考えよう。山南さん本人にもそれとなく相談してみるよ」

 しかし、その日山南は屯所に戻らなかった。

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