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明里の頼み②
しおりを挟む誰もいない時を見計らって、さくらは八木邸敷地内の道場でひとり稽古をしていた。
というのも、ここ最近「正体がバレてはいけない」と気を張るあまりさくらは全体での稽古に顔を出せないでいたのだ。もっとも、さくらの不在を気にする者はほとんどいなかった。古参隊士は事情をわかっているし、新入隊士の間では目論見通り島崎朔太郎の存在感は非常に薄かった。
だからといって、稽古を怠けるわけにもいかない。
――これからますます新選組は大きくなる。剣術の腕だけは、誰にも遅れを取るまい。
そんな思いを胸に、さくらは木刀を振り続けた。
稽古を終えて道場を出ると一番会いたくない人物に出くわしてしまった。
「おや、島崎さん」
伊東だった。さくらは努めて平静を装い、「どうも」と応じた。
「稽古ですか。精が出ますね」
「ええ。最近稽古が足りていないと思いましてね」
「なるほど。いや素晴らしい。その姿勢を皆にも見習ってほしいものですね」
「はあ、ありがとうございます」
「あっ、島崎先生、こんなところに!」
声をかけて走り寄って来たのは、これまた新入り隊士の一人だった。さくらは何の用だろう、と思うと同時に面倒なことになりませんようにと祈った。
「ちょうどよかった。今から文をお届けしようと思っていたのです」
そう言って差し出された手紙には、表に「島崎朔太郎様」とあり、裏返してみると「明里」と書いてあった。
――明里さんが?私に文?どういうことだ……?そうだ。
さくらがありがとう、と礼を言うと隊士は足早に去っていった。
「お恥ずかしい。馴染みの妓からでして。あははは……では私はこれで」
伊東に有無を言わせず、さくらはそそくさとその場を立ち去った。わざとらしかっただろうか。しかし、遊女から手紙をもらった、という事実は自分を男だと印象付ける出来事になるのではないかと思ったのだ。
――明里さん、恩に着ます!
手紙の内容は、話したいことがあるから会えないか、というものだった。
正直、もう明里と関わる機会はないだろうと思っていたのでさくらは少し困惑した。明里のことが嫌いなわけではないが、一応恋敵(しかも、勝ち目なしの)である。むろん、向こうはそんなことつゆ知らぬのだが。
とは言えわざわざ自分に手紙を寄越してくるということは何かあるのだろう。さくらは、誘いに応じることにした。
翌日。さくらは明里と会うのに、タミの髪結処の二階を借りた。この場所の選定は正解だった。明里は普通の町娘の格好をしていても何か町娘らしからぬ雰囲気を醸しており、”島崎朔太郎”のままのさくらと茶屋にでもいたら目立ってしまって仕方なかっただろう。
「驚いたわあ。お初はん、ほんまに殿方のカッコして新選組におるんやなあ」
「はは、まあちょうど最近はこっちの格好で活動することが多いんで。長州の動きは封じたはずなのに、意外とまだまだ過激な不逞浪士が多いんですよ……って、すみません、明里さんにこんな話しても仕方ないか」
明里が可笑しそうに「ふふっ」と笑うので、さくらは不思議そうな顔をして明里を見た。
「山南はんもよく、さんざん難しい話しといてから最後に謝っておりましたえ。なんやそれ思い出しましてん」
さくらは、心の臓がざわざわと音を立てるような感覚に捕らわれた。明里の口から、山南の名前を聞いたのは初めてだ。思っていた以上に、くる。
「なあ、山南はん、最近どないな感じ?」
「え、どうって……そうですね、秋くらいから体調崩したり回復したりで波があるみたいですけど」
「……山南はんな。うちのこと、身請けしてくれはる言うてるの」
「えっ?」
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