浅葱色の桜

初音

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明里の頼み

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 澄んだ青空の広がる天気のよい日だった。
 山南が何やら香ばしい香りに誘われて縁側に出ると、勇が火鉢で餅を焼いていた。
「ああ、山南さん。体調はどうですか」
「おかげさまで。最近は調子がいいみたいです。近藤さん、なぜこんなところで餅なんか」
「割った鏡餅がまだ余ってたから、もらってきたんですよ。総司なんかは餡子がないとなんて言いますけど、おれはただ焼いたものを焼きたてで食べるのが好きで。山南さんもおひとつどうです」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて」
 山南は柔らかな笑みを浮かべ、勇の隣に腰を下ろした。
「今日は午前中に一番隊が不逞の浪士を見つけましてね、二人捕縛したんです」
 勇は世間話のような調子でそんなことを話し始めた。
「小隊の面子を固定したのは今のところ功を奏していますよ。統制が取りやすいし、結束も深まるから力を発揮しやすい。死番も平等に回りますし」
「死番……ですか」
「これは失礼。土方君から山南さんに伝えておくと言っていたのですが。各隊の中で、先陣を切って怪しい場所に飛び込む役目を当番制にしたんです。不意打ちで斬られる可能性が一番高いですが、その分覚悟を持って戦いに挑める」
「土方君の考えそうなことですね」
「実は、池田屋の時に木内君や、死んだ奥沢君が各隊で先鋒として旅籠や商家を改めてくれたのに着想を得たんです」
「なるほど……」
 合理的だ、と思った。洋式調練の象徴にも思える小隊制も、合理的だ。それはわかっている。
「近藤さん。これから日本は、どうなると思いますか。長州との戦はなくなった。しかし、彼らがこのまま素直に幕府に恭順するとも思えない。やはり、早く攘夷を成し遂げなければ彼らはまたひと悶着起こすような気もするのです」
「ええ。ですから、引き続き公坊様のご上洛は訴えていくつもりです」
 ――それで本当に、攘夷は成し遂げられるのだろうか。
 ふと、伊東の言葉が頭に浮かんだ。新選組は、少し佐幕に傾きすぎていると。将軍さえ来れば万事解決、などと勇は思っていやしないだろうか。幕府をそこまで信じ切っていて、いいのだろうか。
 むろん、そんなことは口が裂けても勇には言えまい。 
 勇は「ですがね」と言いながら餅をひっくり返した。
「早急な攘夷、というのも必ずしも正解ではないと思うようになりまして。それまではなぜ幕府おかみは攘夷に踏み切らないんだ、と思っていた節も確かにあったのですが。実は昨秋江戸に戻った時、『地球儀』というものを見る機会があったんです」
「地球儀?」
「昔、山南さんが世界地図というのを見せてくれたじゃないですか。実はこの世界は玉状になっていて、あの地図はそれを平面に伸ばしたものだったんです。ご存知でしたか?」
「ええ、まあ……」
「あの時期、胃の腑の調子が悪かったので、御典医の松本良順先生のところを紹介してもらったんです。松本先生は蘭方医ですから、蘭学にも詳しくて。その時に聞いたんです。今すぐに『攘夷』をすることは難しい、と」
 山南は耳を疑った。攘夷が難しい、とはどういうことなのか。それでは、今まで自分たちが信じてきたものは何だったのか。
「むしろ、今は外国と交易をして、異国の文物を取り入れて、それでもって異国を、異国人を打ち払う。少し遠回りですが、そういう『攘夷』の形もあるのだと、おれは松本先生の話を聞いて気づかされました。そう考えると、幕府がなかなか『攘夷』に踏み切らなかったのもうなずけます」
「しかし……帝のことはどうなるのです?帝は、異国がお嫌いだ」
「そこは、なんとかして帝にご理解いただくしかないと思います。幸い、容保公は帝の覚えも良いと聞きます。我々は、そんな容保公をお支えするまで」
 山南の表情の変化に、勇は気づいていないようだった。おっ、いい感じに餅が焼けましたよ、と勇は皿に餅を乗せて山南に差し出した。山南は礼を言うと、餅を口に近づけた。
「熱っ……」
「あはは、気をつけてくださいよ」
 楽しそうに笑う勇を見て、山南は苦笑いを返すしかなかった。
 ――私は、何のために新選組ここにいるんだろう。

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