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出動・禁門の変③
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今日は浅葱色の羽織は着ていなかったが、会津藩士と比べると貧相な装備をしていることもあり、敵もどれが新選組なのか見分けがつくのだろう。池田屋のことがあったせいか、敵は新選組隊士を集中的に狙ってきた。
だが、今回は人数でこちらが有利。それに、この状況は実質敵側の籠城戦。崩してしまえば、流れはこちらに向いてくる。
敵味方入り乱れて、刀と刀がぶつかりあった。
「近藤先生、大丈夫ですか!」
気がつくと、総司と左之助が戦闘に加わっていた。
「総司!左之助!後ろは平気か」
「ええ、何人か山道に潜んでいましたが、制圧できたのでこちらの加勢に」
「そうか。頼もしい限りだな」
勇がニッと笑うと、総司も照れ臭そうにはにかんだ。左之助は「よっしゃ!」を声を上げると、持っていた槍をぐっと握りなおした。
「あとはこっちで暴れていいよな?近藤さん!」
「おう、頼んだぞ!」
しばらくは、混戦が続いた。刀と刀がぶつかり合う音、時々銃声。長州側の敗色は濃い。主戦場である御所では大方の志士が破れており、たとえここで彼らが勝ったとしても、もうどうしようもない。
だからなのであろうか。彼らは、最期まで武士たらんと、刀で正々堂々向かってきた。勇は、こちらも本気を出さねば相手に失礼だという思いでもって戦うようになっていた。総司も、歳三も、新八も左之助も、源三郎も、道場での稽古をする時のような、疲れの中にも楽し気な色を浮かべた表情をしていた。
敵の人数は半分ほどになった。真木の「いったん退け!」という言葉が響き渡った。
退くといっても、退くような場所はない。生き残った者たちが、真木の後ろに控えただけだ。
「ここまでだ。敵は討てなかったが、我らの同志が、お前たちに一泡吹かせる時も必ず来よう。あの世から見ておるぞ」
そう言うと、真木は地面に正座し、脇差を自身の腹に突き立てた。
それを合図に、残った志士の一人が、木砲を自陣に向けて撃ちかけた。たちまち火の手があがり、勇たちは後ずさりした。
他の十数名の志士たちも、真木を囲うように座り込み、次々と腹を切った。
勇たちは、呆気にとられてその様子を見守っていた。だが、彼らには彼らなりの士道があったのだと、勇は感じた。
勇は片手で合掌の形をとり、目を閉じた。
「敵ながら……見事なご最期」
***
少し時を遡る。
さくらと山南は、炎に飲まれていく京の町をただ見つめることしかできなかった。着の身着のままで逃げてきた人たちが、錯綜する情報を頼りに右往左往している。さくら達がせいぜいできることと言えば、彼らを安全な場所へ誘導することくらいだ。
火は御所近辺を起点に、鴨川を東端として南に、西に、徐々に広がっているようだった。今のところ、屯所のある壬生の方は無事だ。後先のことは考えず、さくらと山南は声を張り上げた。
「こちらはまだ安全です!」
「壬生にお救い小屋が設けられています!右から行けば近い!」
聞いているのかいないのか、藁にもすがりたいと言った表情の人たちが、さくら達の指し示す方向に逃げていった。
だが、火の手もそのうち壬生に迫るのではないかという勢いになってきた。さくらと山南は、屯所の方面にいったん戻ろうとした。
その時、逃げている人々のこんな会話が聞こえた。
「壬生なんて大丈夫なんか。あそこは壬生浪の根城やろ」
「背に腹は代えられへん。壬生浪かてさすがに、無抵抗なもんを斬り捨てたりはせえへんやろ」
「それもそれや。壬生浪に優しゅうされるのもなんや癪やないか。もともとはあいつらが長人さんら斬りまくって恨みでも買ったんやろ。この大火事も壬生浪のせいや」
さくらと山南は黙って顔を見合わせた。やがて彼らの姿が見えなくなると、今まで止めていたかのように息をふう、と吐いた。
「嫌われてますね、私たち」さくらは苦笑いした。
「まあ、今に始まったことではないですから」山南も吹っ切れたような笑顔を返す。
「あーっ!島崎さんに山南さん!」
声のする方を見やると、平助と斎藤が数名の平隊士を引き連れて現れた。
「平助!どうした?皆は?」
「残党を追って南下の軍に加わりました。僕たちは町の様子を見てこいって近藤さんが」
「近藤さん……ちゃんとこちらのことも気にされてたんですね」
山南の言葉に、さくらは誇らしげに頷いた。
どれだけ嫌われようと、自分たちは京の民を守るため、治安を守るためにいるのだ。
「よし。それじゃあ、山南副長。ご采配を」
さくらはニッと山南に笑いかけた。山南は照れくさそうな笑みを浮かべると「では」と少し胸を張った。
「二手に分かれましょう。西側と南側からそれぞれ様子を見て回って。くれぐれも、まずは自分の無事を最優先に」
さくら達は「承知」と声を揃えた。
のちに禁門の変と呼ばれるこの戦は、幕府軍の勝利に終わり、長州は帝に弓引いた朝敵となった。
大勢の民間人を巻き込みながら、三日間にわたる戦闘はここに終結したのである。
だが、今回は人数でこちらが有利。それに、この状況は実質敵側の籠城戦。崩してしまえば、流れはこちらに向いてくる。
敵味方入り乱れて、刀と刀がぶつかりあった。
「近藤先生、大丈夫ですか!」
気がつくと、総司と左之助が戦闘に加わっていた。
「総司!左之助!後ろは平気か」
「ええ、何人か山道に潜んでいましたが、制圧できたのでこちらの加勢に」
「そうか。頼もしい限りだな」
勇がニッと笑うと、総司も照れ臭そうにはにかんだ。左之助は「よっしゃ!」を声を上げると、持っていた槍をぐっと握りなおした。
「あとはこっちで暴れていいよな?近藤さん!」
「おう、頼んだぞ!」
しばらくは、混戦が続いた。刀と刀がぶつかり合う音、時々銃声。長州側の敗色は濃い。主戦場である御所では大方の志士が破れており、たとえここで彼らが勝ったとしても、もうどうしようもない。
だからなのであろうか。彼らは、最期まで武士たらんと、刀で正々堂々向かってきた。勇は、こちらも本気を出さねば相手に失礼だという思いでもって戦うようになっていた。総司も、歳三も、新八も左之助も、源三郎も、道場での稽古をする時のような、疲れの中にも楽し気な色を浮かべた表情をしていた。
敵の人数は半分ほどになった。真木の「いったん退け!」という言葉が響き渡った。
退くといっても、退くような場所はない。生き残った者たちが、真木の後ろに控えただけだ。
「ここまでだ。敵は討てなかったが、我らの同志が、お前たちに一泡吹かせる時も必ず来よう。あの世から見ておるぞ」
そう言うと、真木は地面に正座し、脇差を自身の腹に突き立てた。
それを合図に、残った志士の一人が、木砲を自陣に向けて撃ちかけた。たちまち火の手があがり、勇たちは後ずさりした。
他の十数名の志士たちも、真木を囲うように座り込み、次々と腹を切った。
勇たちは、呆気にとられてその様子を見守っていた。だが、彼らには彼らなりの士道があったのだと、勇は感じた。
勇は片手で合掌の形をとり、目を閉じた。
「敵ながら……見事なご最期」
***
少し時を遡る。
さくらと山南は、炎に飲まれていく京の町をただ見つめることしかできなかった。着の身着のままで逃げてきた人たちが、錯綜する情報を頼りに右往左往している。さくら達がせいぜいできることと言えば、彼らを安全な場所へ誘導することくらいだ。
火は御所近辺を起点に、鴨川を東端として南に、西に、徐々に広がっているようだった。今のところ、屯所のある壬生の方は無事だ。後先のことは考えず、さくらと山南は声を張り上げた。
「こちらはまだ安全です!」
「壬生にお救い小屋が設けられています!右から行けば近い!」
聞いているのかいないのか、藁にもすがりたいと言った表情の人たちが、さくら達の指し示す方向に逃げていった。
だが、火の手もそのうち壬生に迫るのではないかという勢いになってきた。さくらと山南は、屯所の方面にいったん戻ろうとした。
その時、逃げている人々のこんな会話が聞こえた。
「壬生なんて大丈夫なんか。あそこは壬生浪の根城やろ」
「背に腹は代えられへん。壬生浪かてさすがに、無抵抗なもんを斬り捨てたりはせえへんやろ」
「それもそれや。壬生浪に優しゅうされるのもなんや癪やないか。もともとはあいつらが長人さんら斬りまくって恨みでも買ったんやろ。この大火事も壬生浪のせいや」
さくらと山南は黙って顔を見合わせた。やがて彼らの姿が見えなくなると、今まで止めていたかのように息をふう、と吐いた。
「嫌われてますね、私たち」さくらは苦笑いした。
「まあ、今に始まったことではないですから」山南も吹っ切れたような笑顔を返す。
「あーっ!島崎さんに山南さん!」
声のする方を見やると、平助と斎藤が数名の平隊士を引き連れて現れた。
「平助!どうした?皆は?」
「残党を追って南下の軍に加わりました。僕たちは町の様子を見てこいって近藤さんが」
「近藤さん……ちゃんとこちらのことも気にされてたんですね」
山南の言葉に、さくらは誇らしげに頷いた。
どれだけ嫌われようと、自分たちは京の民を守るため、治安を守るためにいるのだ。
「よし。それじゃあ、山南副長。ご采配を」
さくらはニッと山南に笑いかけた。山南は照れくさそうな笑みを浮かべると「では」と少し胸を張った。
「二手に分かれましょう。西側と南側からそれぞれ様子を見て回って。くれぐれも、まずは自分の無事を最優先に」
さくら達は「承知」と声を揃えた。
のちに禁門の変と呼ばれるこの戦は、幕府軍の勝利に終わり、長州は帝に弓引いた朝敵となった。
大勢の民間人を巻き込みながら、三日間にわたる戦闘はここに終結したのである。
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