浅葱色の桜

初音

文字の大きさ
上 下
177 / 205

出動・禁門の変①

しおりを挟む

 元治元年 七月十九日

 約一ヶ月の膠着状態の末、ついに戦端が開かれた。
 前年の政変で京を追われていた長州藩は、再びの入京許可を得たい、あの時の汚名を晴らしたい、などの思惑を持って京へ攻め入ろうとしていた。前後して池田屋事件が起き、長州藩の戦意は増すばかり。当初は藩内慎重派の抑えもあったが、いよいよそれも利かなくなった。十九日未明、長州勢はついに京の市中へと進軍を始めたのだった。
 新選組は、九条川原から伏見方面に出陣し、長州勢と対峙した。
「新選組、進めーッ!」
 勇は檄を飛ばした。池田屋の時は戦というよりも捕り物、急襲という形だったので、今回は初めて本当の「戦」ということになる。今自分たちはここに身を投じているのだと、武者震いがするような心地だった。江戸で道場主をやっていた頃は、およそ想像もしなかった事態である。
 夜明けまでは、まだまだ時間がある。提灯や松明の明かりを頼りに、誤って味方を討たぬよう、気をつけながらの戦闘となった。
 ここでの戦闘自体はすぐに決着がついた。もともと、より前線に布陣していた大垣・彦根両藩の健闘もあり、敵の兵力は削がれていた。新選組としては、初戦は上々といったところだった。
「ちっきしょ、なんだかパッとしねえなァ」
 九条川原に戻る道すがら、歳三がそんなことを言った。他の隊士には聞こえないような小さな声だったが、勇ははっきり聞き取った。
「なんだトシ、急に」
「だってよ。やっぱりなんだかんだ言っても今回は会津の一小隊に過ぎねえ。当たり前だが、池田屋とは違うわな。近藤さんが羨ましいぜ。あの池田屋のただ中にいたんだからよ」
「羨ましい、か。お前の肝の据わりようは若いもんたちに見習わせたいよ。しかし……おれは、この戦もなかなかいい機会だと思う。諸藩の兵がひしめき合う中でおれ達が武功を上げたら、新選組はまた一段と名を上げられるんだ!」
 勇が目を輝かせているのを見て、歳三は一瞬驚いたような顔をしたが、その顔は微笑に変わり「そうだな」と応えた。
「それにほら、サクや山南さんの分もがんばらないと」
「そーですよ。島崎先生、とーっても悔しそうにしてましたから」
「総司!勝手に会話に入ってくんなっ!」
「私だって、ちょっとは申し訳ないなとは思ってるんですよ。結果論ですけど」
「何がだよ」
「……土方さんがあの場にいたら、結果は違ってたんじゃないかって。私は途中で倒れてしまいましたから」
 勇は目を丸くして総司を見た。
 ――総司のやつ、そんなことを思っていたのか。
「バカ野郎。こういうのはな、タラレバ言っても仕方ねえんだよ」
「土方さんが最初にタラレバ言ったんじゃないですか!」
「俺のはそういう意味じゃねえ!」
「はいはい、そこまでにしなさい二人とも」
 勇が言うと、歳三と総司はバツが悪そうに黙り込んだ。こんな言い合いをしている余裕があるなら、まだまだ安泰だと勇は思った。

 十九日の昼間、戦火はついに御所へと移った。
 伏見に布陣していた長州勢は撃退できたものの、天王山、嵯峨方面からの勢力は御所へと進軍。そして、仕掛けてきた。
 新選組は、会津の兵と共に御所へ駆けつけた。
 近づけば近づくほど、音やにおいで、生々しさが伝わってくる。勇は油断するなと皆を鼓舞しながら、奇襲に備えて全方向に注意を払った。
 大砲の音に混じって、威勢のいい掛け声が聞こえてきた。
「打てーッ!ひとっりたりとも入れもはん!」
 大男だった。いかつい顔をして、周囲の兵にてきぱきと指示を出している。兵たちも「ハッ!」と威勢よく答え、銃や大砲に弾を込め、発射することを繰り返している。
 勇は、不思議とその男が気になって仕方なかった。
「神保様、あの方は……」
 勇が尋ねると、隣を歩いていた会津藩の神保内蔵助じんぼくらのすけが勇の視線の先を見やった。
「ああ、あれは薩摩軍で、率いているのは西郷吉之助殿だ。藩内でいろいろあって一時は島流しにも合っていたようだが、手腕を買われて呼び戻されたとか」
「島流しから帰還ですか……!それはまた随分波乱万丈な……」
 勇は西郷といわれた男を見た。勇もそれなりに背は高い方だが、さらに頭ひとつ分背が高いように見えた。のちに、直接的にしろ間接的にしろこの西郷によって新選組が苦境に立たされるとはこの時の勇には知る由もなかった。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

紫苑の誠

卯月さくら
歴史・時代
あなたの生きる理由になりたい。 これは、心を閉ざし復讐に生きる一人の少女と、誠の旗印のもと、自分の信念を最後まで貫いて散っていった幕末の志士の物語。 ※外部サイト「エブリスタ」で自身が投稿した小説を独自に加筆修正したものを投稿しています。

庚申待ちの夜

ビター
歴史・時代
江戸、両国界隈で商いをする者たち。今宵は庚申講で寄り合いがある。 乾物屋の跡継ぎの紀一郎は、同席者に高麗物屋の長子・伊織がいることを苦々しく思う。 伊織には不可思議な噂と、ある二つ名があった。 第7回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞しました。 ありがとうございます。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

新撰組のものがたり

琉莉派
歴史・時代
近藤・土方ら試衛館一門は、もともと尊王攘夷の志を胸に京へ上った。 ところが京の政治状況に巻き込まれ、翻弄され、いつしか尊王攘夷派から敵対視される立場に追いやられる。 近藤は弱気に陥り、何度も「新撰組をやめたい」とお上に申し出るが、聞き入れてもらえない――。 町田市小野路町の小島邸に残る近藤勇が出した手紙の数々には、一般に鬼の局長として知られる近藤の姿とは真逆の、弱々しい一面が克明にあらわれている。 近藤はずっと、新撰組を解散して多摩に帰りたいと思っていたのだ。 最新の歴史研究で明らかになった新撰組の実相を、真正面から描きます。 主人公は土方歳三。 彼の恋と戦いの日々がメインとなります。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

北武の寅 <幕末さいたま志士伝>

海野 次朗
歴史・時代
 タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。  幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。  根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。  前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。 (※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...