浅葱色の桜

初音

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最期のつとめ、恋のおわり④

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 翌日、屯所に戻ってきた三人は、勇と歳三を前に静かに座っていた。
「馬鹿野郎、なぜ帰ってきた。近藤さんの真意がわからねえわけじゃねえだろう」
「あはは、土方君にそんな風に正面から怒られたのは久しぶりだな。いや、初めてかもしれない」
「冗談言ってる場合か。さくら、総司、てめえらものこのこ連れ帰ってきてんじゃねえ」
「それはあんまりですよ土方君。さくらさんも沖田君も任務を全うしたまで」
 歳三はずいと山南ににじり寄った。
「逃げろ。見ての通り、ここには俺らしかいない。一度は脱走したんだ。もう一度。何度でも脱走すればいい」
「ありがとう。土方君が、そこまで言ってくれるだけで、もう十分です。……覚えていますか。今日は、二月二十三日。二年前の今日、浪士組はここ京の都に到着した。この何か遠からぬ縁のある日に最期の仕事を全うできること、嬉しく思います。隊規に照らして私が腹を切れば、新選組の局中法度は確固たるものになる。これからまだ隊士が増えるのであれば、それは何を置いても必要なことでしょう。さあ、近藤先生。どうぞ、公平なご裁断を」
 勇は、ぎゅっと結んでいた口を重たそうに開いた。
「山南さん。訳を……聞かせてはくださらないのですか」
 山南は、わずかに笑みを浮かべた。
「今の新選組で私にできることは、これしかありませんから」
 勇たち四人の中で、山南の言葉から彼の真意を察することのできる者は、ひとりとしていなかった。勇はやや震える声で、静かに言い放った。
「副長、山南敬助に……切腹を言い渡す」
「謹んで、お受け致します」
 四人は、深々と頭を下げる山南を、ただじっと見つめていた。そして、頭を上げた山南は「ひとつ、最期にわがままを言ってもいいですか」と勇に尋ねた。
「なんでしょう」
 山南は、くるりとさくら達の方を振り向いた。
「介錯は、沖田君にお願いしたい」
 総司は、目を丸くして山南と勇を交互に見た。勇が総司に向けて力強く頷いた。
「わかりました。精一杯、務めさせていただきます」
 ありがとう、と山南は微笑んだ。

 山南たち三人が立ち去り、部屋には勇と歳三だけが残った。
 ドン、と勇は畳に拳をついた。歳三は驚いたように勇を見た。
「勝っちゃん……」
「トシ……これで……いいんだよな……」
「ああ。……サンナンさんは、腹を決めてた。皮肉なもんだよな。最初は、あの人をつなぎとめる為に作った法度なのによ」
「うん……新選組は烏合の衆だ。必要な法度なのは、間違いない。おれ達はもう、後戻りできないところに来てるんだ」

 山南切腹の報は、瞬く間に隊中に知れ渡った。山南は自室ではなく、裏門近くの小部屋に入り、その時を待つのみとなっていた。
 当然、勇、歳三の部屋の前庭は、助命嘆願する隊士らで溢れ返った。
「山南さんを死なせるなんて、反対です!」
 と、先陣切って吠えたのは島田である。新八も集団に加わり、持論を述べた。
「こんなことが罷り通れば、新選組はますます野蛮な狼だと後ろ指を指されます。それに山南さんを失うのは、新選組にとっても大きな損失です。近藤さん、土方さん。考え直してみませんか」
「そうだよ。サンナンさんだぜ?ここにいる誰も、サンナンさんに死んで欲しいなんて思ってねえよ」左之助が同調した。
「おそれながら!納得いきません!」周平や、河合ら古参の平隊士たちも口々に抗議の声を上げる。
「局長、副長!」
 よく通る声で呼びかけ、隊士らをかき分け集団の先頭に伊東が躍り出た。
「このような法度に何の意味があるのです。山南さんという有為の人材を失ってでも、守らねばならない規律なのですか!」
 ここでついに障子ががらりと開き歳三が出てきた。縁側の上に仁王立ちしているから、伊東たちは大仏でも見上げるような目で歳三を見た。
「脱走は法度で禁じられている。法度は絶対だ。文句があるならお前らも全員切腹させるぞ!」
 全員がたじろいで二の句が継げない中、伊東が「し、しかし……」と声を上げた。
「皆志を同じくした仲間ではないですか。このような法度がなくても、きっと……」
「伊東さん。あんたはまだ新選組ここがどんなところかわかってないようだな。新選組は身分も出自も問わない。同じ志。確かにそうだが、その内実は微妙に違う者同士の集まりだ。法度は絶対。俺も、近藤さんだって、士道に背けば切腹しますよ。それが、新選組の法度です」
 伊東は、それ以上は反論しない方がいいと悟ったのか、それきり何も言わなくなった。他の隊士も、伊東が言っても駄目ならもう仕方がないとばかりに、すごすごと解散していった。

 さくらはその様子を遠目に見守っていた。
 山南が、本当に皆から慕われていたのがよくわかる。まだ引き返せる。否――もう、粛々と「その時」を待つしかない。
 あっという間に誰もいなくなった庭の向こうにいた歳三が、こちらを見た。さくらは歳三に近づいていった。
「嫌な役回りだな。皆の気持ちもよくわかるが……何より山南さんがもう覚悟を決めている。もう、引き返すことはできぬのだな」
「お前は……どうなんだ」
「どうって」
「見たとこ涼しい顔をしてるが、あいつらと同じだろ。俺や勝っちゃんを一発殴りでもしないと気が済まないんじゃねえのか。特にお前はサンナンさんを……」
「実感が湧かぬのだ。なんたって山南さんはまだそこにいるのだから。脱走したから切腹、というのを葛山に科した以上、山南さんも同じようにせねば筋が通らぬ。勇や歳三が間違っているとも思えぬし、山南さんだって並々ならぬ覚悟で今回の行動に出たのだと思う。だから、今はただ現実を受け入れるしかないと思っている」
「そうか。……俺が思ってるより、強いな、お前は」
「当たり前だ」
 歳三はわずかに口角を上げた。

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