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さくらの留守番③
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「島崎はん、沖田はん、いてはりますか」
さくらが「いるぞ。入れ」と答えると、障子が開いて山崎が現れた。
山崎は三人にここまでの戦況などを報告した。まだ戦らしい戦は始まっておらず、引き続き新選組は九条川原で待機をしているらしい。一通り話し終えると、山崎はこう言った。
「明日は沖田はんだけ、局長たちの隊に合流してください」
さくらは驚いて、すぐに「なぜだ?私は留守番してろというのか!?」とくってかかった。山崎は黙って頷いた。
「土方副長の命です。新選組と行動を共にしている会津の小隊長が神保はんという方で、島崎はんはおなごの顔が割れているからと」
それを聞いて、さくらはたちまち勢いを失った。山崎につかみかからんばかりの体勢を立て直し、小さくなって咳払いをひとつ。
「……それなら、仕方ないな」
「今回は、”おなご”が完全に裏目に出ましたなあ」山崎がニヤリと笑った。
「うるさい。どの道屯所の警護に多少は人数を割かねばならんだろう。それを引き受けるまでだ。総司、明日は一人で行ってこい」
総司は若干寂しそうな表情を浮かべ、「わかりましたあ」と少し気のない返事をした。
山崎の言う通り、今回ばかりは「おなごであること」が完全に不利に働いた。つくづく、「桜木天神」は失敗だったと思い知る。
さくらは出陣を潔く諦め、屯所での留守番延長を決め込んだ。
――待てよ。ということは……?
屯所には、山南とほぼ二人きりである。
嬉しいような気まずいような。こんなことでもやっぱり自分はおなごだと痛感するさくらなのであった。
もっとも、惣兵衛の来訪によって「ほぼ二人きり」の生活はあっけなく終了したのだが。
「……と、いうわけで、私は女の姿を会津の方に一度見られてるので念のため出陣せず待機することになったんです」
「へええ、さくらちゃん、女の身でよくやってるなあ。それにしても、とりあえずみんな元気そうでよかったよ」
惣兵衛は感嘆の息を漏らしてさくらを見た。さくらも、出陣できないもどかしさを吐露することができてなんだかすっきりした。
ひとまず、勇の顔を見ずには帰れないということで、惣兵衛はしばらく屯所に滞在することになった。
そして数日後、ついに事態が動き出した。
もはや山崎もわざわざ屯所に状況報告をしに来ている場合ではないようで、全容は掴めなかったが戦の火蓋が切られたのは明白だった。壬生村から直接何かが見えるわけではないが、かすかにドン、ドン、と砲弾が飛ぶような音がする。
さくら、山南、惣兵衛は急いで表通りへ出た。遠くの方で、煙が上がっているようだ。
近隣住民から漏れ聞こえる話で、御所の方から火が出て、風に乗って広がっているという情報をさくら達は掴んだ。
「まさか、御所で戦が……?」山南は青白い顔で空を見つめた。
「山南さん、行きましょう!」
「さくらさん!?行くって、どこへ?」
「町に火の手が上がってるんです。隊に合流はできないかもしれませんが、せめて様子を見るだけでも!」
「……そうですね。私たちにできることをしましょう。新選組の仕事は、京の治安維持ですからね」
「というわけで、惣兵衛さん、留守番お願いしますね!」
「ええ!?俺がいたって何の役にも立たねえぞ?天然理心流だって目録止まりだし!」
「なんとかなりますって!もし無事に屯所を守り切っていただけたら目録の次までいけるように勇に掛け合ってみますから」
調子いいこと言って、と文句を垂れている惣兵衛を残し、さくらと山南は町へと駆け出した。
「なんだか、こんな風に外を走るのは久しぶりだ」
そう言った山南の顔を見ると、清々しさすら感じられた。さくらもなんだか嬉しくなって「がんばりましょうね」と声をかけて山南と並走した。
さくらが「いるぞ。入れ」と答えると、障子が開いて山崎が現れた。
山崎は三人にここまでの戦況などを報告した。まだ戦らしい戦は始まっておらず、引き続き新選組は九条川原で待機をしているらしい。一通り話し終えると、山崎はこう言った。
「明日は沖田はんだけ、局長たちの隊に合流してください」
さくらは驚いて、すぐに「なぜだ?私は留守番してろというのか!?」とくってかかった。山崎は黙って頷いた。
「土方副長の命です。新選組と行動を共にしている会津の小隊長が神保はんという方で、島崎はんはおなごの顔が割れているからと」
それを聞いて、さくらはたちまち勢いを失った。山崎につかみかからんばかりの体勢を立て直し、小さくなって咳払いをひとつ。
「……それなら、仕方ないな」
「今回は、”おなご”が完全に裏目に出ましたなあ」山崎がニヤリと笑った。
「うるさい。どの道屯所の警護に多少は人数を割かねばならんだろう。それを引き受けるまでだ。総司、明日は一人で行ってこい」
総司は若干寂しそうな表情を浮かべ、「わかりましたあ」と少し気のない返事をした。
山崎の言う通り、今回ばかりは「おなごであること」が完全に不利に働いた。つくづく、「桜木天神」は失敗だったと思い知る。
さくらは出陣を潔く諦め、屯所での留守番延長を決め込んだ。
――待てよ。ということは……?
屯所には、山南とほぼ二人きりである。
嬉しいような気まずいような。こんなことでもやっぱり自分はおなごだと痛感するさくらなのであった。
もっとも、惣兵衛の来訪によって「ほぼ二人きり」の生活はあっけなく終了したのだが。
「……と、いうわけで、私は女の姿を会津の方に一度見られてるので念のため出陣せず待機することになったんです」
「へええ、さくらちゃん、女の身でよくやってるなあ。それにしても、とりあえずみんな元気そうでよかったよ」
惣兵衛は感嘆の息を漏らしてさくらを見た。さくらも、出陣できないもどかしさを吐露することができてなんだかすっきりした。
ひとまず、勇の顔を見ずには帰れないということで、惣兵衛はしばらく屯所に滞在することになった。
そして数日後、ついに事態が動き出した。
もはや山崎もわざわざ屯所に状況報告をしに来ている場合ではないようで、全容は掴めなかったが戦の火蓋が切られたのは明白だった。壬生村から直接何かが見えるわけではないが、かすかにドン、ドン、と砲弾が飛ぶような音がする。
さくら、山南、惣兵衛は急いで表通りへ出た。遠くの方で、煙が上がっているようだ。
近隣住民から漏れ聞こえる話で、御所の方から火が出て、風に乗って広がっているという情報をさくら達は掴んだ。
「まさか、御所で戦が……?」山南は青白い顔で空を見つめた。
「山南さん、行きましょう!」
「さくらさん!?行くって、どこへ?」
「町に火の手が上がってるんです。隊に合流はできないかもしれませんが、せめて様子を見るだけでも!」
「……そうですね。私たちにできることをしましょう。新選組の仕事は、京の治安維持ですからね」
「というわけで、惣兵衛さん、留守番お願いしますね!」
「ええ!?俺がいたって何の役にも立たねえぞ?天然理心流だって目録止まりだし!」
「なんとかなりますって!もし無事に屯所を守り切っていただけたら目録の次までいけるように勇に掛け合ってみますから」
調子いいこと言って、と文句を垂れている惣兵衛を残し、さくらと山南は町へと駆け出した。
「なんだか、こんな風に外を走るのは久しぶりだ」
そう言った山南の顔を見ると、清々しさすら感じられた。さくらもなんだか嬉しくなって「がんばりましょうね」と声をかけて山南と並走した。
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