浅葱色の桜

初音

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さくらの留守番②

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 それから数日後に情勢は変わった。
 長州藩の軍勢が、京を囲むように陣を敷き始めた、という情報が入った。主な場所は嵯峨、伏見、天王山の三か所だ。
 新選組は会津藩と共に伏見の長州勢に対峙するべく、九条川原に布陣することになった。
 この頃さくらは、池田屋で負った足のケガもほとんどよくなり、出陣するには支障もなかった。くだんの山浦も屯所を離れていたのだから、気兼ねする必要もない。
 だが、さくらには皆と一緒に出陣できないもう一つの事情があった。ちなみに、事情が事情ゆえ、ここからは惣兵衛に話す際は割愛している。
 皆が出陣してしまってから、さくらは数日間、屯所を出ないどころか自分の部屋すらもろくに出ない日があった。
「島崎先生、食事お持ちしましたけど、どうします?」
 さくらが部屋で瓦版を読んでいると、襖の向こうから総司の声がした。総司も、大事をとってもう少し屯所にいろと勇や歳三に命じられ、留守番組のひとりとなっていた。
「そこ置いといてくれ」
「月のものって、いつ終わるんですか?」
「お前、そんな明け透けな……まあ、明日には終わる」
「そうしたら、一緒に出陣しましょうねっ!」
 嬉しそうな声がしたかと思うと、パタパタと足音が去っていくのが聞こえた。
 さくらは総司がいなくなったことを確認して、襖を開けた。ぽつん、と膳が一つ置かれている。

 新選組に出動命令が下ったまさにその日、さくらは嫌な予感がしていた。近いうちに、来るのではないかと。
 表向き怪我を理由に「後から追いかける」と言ったが、まさに思った通り、来た。
 こればかりは、江戸にいた頃からキチの教えを守っていた。穢れているので、なるべく人目に触れてはいけない。特に男子と同じ空間にいるべきでない、というものである。
 なんとなく一定の周期でさくらが表に出てこない期間がある、という事実は「島崎朔太郎は女子説」を裏付けるものだと察しのいい隊士らは気づいていただろうが、公に口にする者はいなかった。もちろん、勇、歳三、源三郎、総司だけは事情を知っていて、こういう日は歳三が上手い具合に「書簡の検め」とか「名簿の複写作業」「非番」あたりをさくらに振っていたのである。
 今回も総司に口裏を合わせてもらい、さくらはほとんど誰とも顔を合わせず過ごしていた。
「はあ、よりによって……」
 さくらはお椀の蓋を開けて味噌汁をすすった。出来立てを持ってきてくれたようで、じんわりと温かいものが喉を通っていく。
 こんな時、女子の体というのはなんと不便なのかと思う。子を産むつもりもないのだから、本当にただただ無駄な血を流しているだけである。

 いよいよ合流を翌日に控えたさくらと総司は、山南の部屋で諸士調役からの知らせを待っていた。新選組が今どこでどうしているか、敵味方の情勢はどうなっているか。早く知りたくて、三人ともそわそわと落ち着かない様子だった。
「山南さんー。そも、なんで怪我してた平助や永倉さんは出陣できて私は留守番だったんですかー」
 私はもうぴんぴんしているのに、と総司はことあるごとに文句を言っていた。
「平助や永倉くんは、わかりやすく怪我がよくなれば大丈夫、となるだろう。だが沖田くんは、結局どうして倒れたのかわからないのだから、安静にしておくに越したことはないということじゃないかな」
「だからあ、それは暑気あたりだって言ってるじゃないですか」
「『恐らく暑気あたりだろう』と医者は言ったんだ。総司、あんまり屁理屈こねると餓鬼くさいぞ」
「屁理屈はどっちですか!自分の体のことは一番よくわかってるんですー」
「まあまあ、さくらさんも沖田くんも明日には出陣なんだからいいじゃないか」
 それを聞いて、総司はハッとしたような顔をして気まずそうに俯いた。
「まあ、そうですけどね……」 
 池田屋に続き今回も参加できる見込みのない山南を前に、さくらも総司もぶつくさ言っている場合ではないと悟った。
 するとその時、待ちわびた人物が来た。




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