浅葱色の桜

初音

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最期のつとめ、恋のおわり②

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 さくらは虎丸に、総司は竜丸に乗って東に進み、まずは大津の宿場町を目指した。二頭の馬はぽっくりぽっくりと足音を立てながらのんびり歩いている。
 ――山南さんに、会いたい。話を聞きたい。けれど。会ったら最後だ。だから……会わずに済みますように。
「島崎先生、そこの茶屋でお団子でも食べていきませんか」
 京の町はずれまでやってくると、総司が少し遠くの茶屋を指し示して提案した。屯所を出てからまだ半時(一時間)経ったか経たないかといった頃合いである。あえて先を急ぎたくない気持ちは総司も同じなのだろう、とさくらは思った。
「構わぬぞ。急ぐ旅ではないしな」
 さくらと総司はそれぞれの馬から降りて手綱を近くの木に結び付けると、どっかりと茶屋の縁台に腰を下ろした。適当に団子とお茶を注文すると、ほどなくして運ばれてきた。さくらはお茶を一口飲み、ふうと息を吐いて空を見上げた。
「このまま、一刻ほどここにいようか」さくらがぽつりと呟いた。
「そうですね。お天気もいいし、お団子もおいしいし、ずっといられます」
「……まあ、さすがに店の人に迷惑だがな」
 さくらは団子をひとつ頬張った。ほのかな餡子の甘味に、ほっとする。本当に今自分たちは脱走隊士――しかも、結成以来の幹部・副長――を追っている身なのだろうか、と信じられなくなるような気さえする。
「山南さん、今頃どこにいるんでしょうねえ。どうして。脱走なんか」
「総司は、心当たりあるか?」
「全然。それがまた、なんともむなしいんですよね」
 さくらも同じ気持ちだった。
 脱走するということは、何か理由があるはずだ。その理由は、山南のことをもっとよく見ていれば、もっと話を聞いていれば、察することができたのではないか。
「ああ。情けない話だよ」
 さくらはそれだけ言うと、二本目の団子を頬張った。みたらしだ。塩気のあるこちらの方が、今の気分に合っている気がした。

 結局小半時ほど茶屋に滞在した後、さくらと総司は再びだらだらと歩を進めた。そして日が傾きかけた頃、大津の宿場町に到着した。
 ひとまず今日の宿を探そうと、二人は適当な旅籠を何件か回り、空きがあるかどうかと、念のため山南の目撃情報がないかを確かめていった。情報がないことに安堵している自分に気づきつつ、さくらと総司は手ごろな宿を見つけてそこに落ち着こうとした。
「島崎さん、沖田君。二人だけですか」
 背後からかけられた声に、二人はバッと振り返った。
 山南が立っていた。ふわりとした、さくらの大好きな笑みを浮かべていた。
「やっ、山南さん……?」
 名を呼ぶのが精一杯だった。今、一番会いたくて、会いたくない人。その人が、目の前にいる。
「宿はもう決めてしまいましたか?」
「えっと、ちょうど今決めかかったところで……」
 さくらがおそるおそる振り返ると、宿帳を手にした女中が不服そうな顔をしていた。無理もない。客を逃してなるものかという気持ちもわかる。しかし、そんなことは気にも留めない様子で、山南は言った。
「でしたら、私の泊まっている宿に一緒に来ませんか。どうやら隣の部屋が空いているようで」
 さくらと総司は目を見合わせた。脱走者と、それを追ってきた者とは思えぬ、なごやかな空気が漂っている。ひとまず、さくらは女中に「御免」と断って、山南を連れて路地裏へと駆けた。総司も後から追ってきた。
「山南さん、どうしてまだこのようなところにいるのですか……!もうとっくに草津まで行って、東海道でも中山道でも行けたでしょう」
 山南は、ふっと微笑んだ。
「自分でも、こんなに体力が落ちていると思いませんでしたよ。情けない。とにかく、宿へ行きましょう」
 山南が泊っている旅籠には、確かに空き部屋があった。さくらと総司はなすがままに荷を解いていった。そして三人は、近くの小料理屋で夕食を取った。旅人で賑わっている大衆的な店で、新選組とか、切腹とか、物騒なことを話せる雰囲気ではなかった。こんな状況で何を話したらいいのかわからず、さくらも総司もほとんど無言で料理をつついた。味は、ほとんどわからなかった。

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