197 / 205
最期のつとめ、恋のおわり①
しおりを挟むさくら、歳三、源三郎、総司、新八、左之助の六人が、勇の部屋に集められた。試衛館生え抜きの面々だけが呼ばれたことに、皆異様なものを感じ取っていた。
「山南さんが、昨日から戻っていない」勇が眉間に皺を寄せて言った。
「それって、どういう……」総司の顔が俄かに青ざめた。
「あ、明里さんのところじゃないか?泊ってるのかも」さくらが閃いた、とばかりに声を弾ませた。
「外泊の届けは出ていない」歳三が淡々と否定する。
「そんなもん、ちょっと忘れちまったとか、泊まらずに帰ってくるつもりが盛り上がってそのまま、とかあるだろうよ」左之助が援護した。
「まさか近藤さん……山南さんが……脱走したと?」新八が驚きの眼差しを向けた。
勇はうーん、と唸ったかと思うと、言いにくそうに口を開いた。
「その可能性も、あると思う」
「そんな……では山南さんは……?」源三郎がおずおずと訊いた。
「切腹。に、なるだろうな」
歳三の一言で、ただでさえ重苦しかったその場の空気が、よりずしりと落ち込むようであった。
「わ、私、島原に行ってくる!明里さんのところにいるかもしれないし!」
「あ、おいさくら!」
勇が呼び止めるのも聞かず、さくらは部屋を飛び出していった。
――脱走なんて……嘘ですよね?山南さん……!無断外泊したのは褒められることではないし、謹慎くらいにはなるかもしれないが……!お願い、明里さんのところにいますように……!
さくらはぜいぜいと息を切らせて木津屋の前に立ち尽くした。それから一瞬だけ冷静になって、そういえば男の姿でここに現れたらまずいのではないか、と思い至った。何しろ女中として潜入していた時に顔なじみになった人間がうようよいるのだから。
すると、馬の蹄が地を踏む音が聞こえてきた。何事かと見やると、竜丸に乗った源三郎が現れた。
「まったく、一人で突っ走って」
「す、すまぬ……」
「私が取り継ぐから、そこの茶屋で待っていなさい」
さくらは言われた通りに近くの茶屋に入り、申し訳程度に茶を一杯頼むと、祈るような気持ちで源三郎が現れるのを待った。気持ちとしては一刻(二時間)ほど経ってしまったのではないかと思える程待った後、源三郎がやってきた。なんと、簡素な装いの明里も一緒である。さくらは、嫌な予感がした。
「サク、山南さんは、明里さんのところにも来ていないそうだ」
「お初はん、ほんまなんどすか?昨日の今日やないの。山南はんは、どこへ……?」
「それは、わかりません……ただ、明里さんのところにもいないとなると……」
「脱走……」
ぽつりと呟いた源三郎を、睨むように明里は見た。
「脱走したらどないなるんどす」
「隊規に照らし、切腹になります」
さくらの言葉に、明里はふらりと倒れそうになった。源三郎が支えてやると、明里は体勢を立て直し、さくらの肩をぐっと掴んだ。
「お願いどす。山南はんを、助けとおくれやす。後生どす、お初はん……」
さくらは黙って頷き、明里の手を握った。
さくらと源三郎が屯所に戻ると、再び朝方と同じ面々が勇の部屋に顔を揃え、今後の策を話し合った。
歳三たちが山南の部屋を検めた結果、行李の中身がごっそりなくなっており、置手紙が見つかったそうだ。一言だけ、「江戸へ帰ります。お世話になりました」と書いてあったという。
もはや、山南が脱走したという事実は疑いようのないものになってしまった。
「おい、本当にサンナンさん切腹させんのかよ?」左之助が言った。
「法度でそう決まっている。ここでサンナンさんを助けたら、去年の葛山のことはどうなると言われるだろ。ただでさえ烏合の衆だった新選組が、新入隊士も増えてこの先ますます統制が取りにくくなるんだ。そんな時、古参の幹部は助けます、それ以外は切腹させます、じゃ示しがつかねえ」
「トシの言うことはもっともだ。すぐに追っ手を出して山南さんを連れ戻そう」
勇は他の六人をじっと見つめた。そして真剣な面持ちで言い渡した。
「源さん、総司、二人で行ってきてください。馬で行けば追いつける」
えっ、と皆が拍子抜けしたような顔をした。
「ただし。……草津を越えれば、東海道で行くのか中山道で行くのかわからなくなる。草津まで行って見つからなければ、戻ってきてくれ。見つからないものは仕方がないからな」
その場にいる全員が、勇の意図をくみ取った。だが、誰ひとりそれを口にはしなかった。
「局長指示だ。総司、源さん、頼めるな。他のやつらには念のため市中や西側、大坂方面を探させよう」
歳三に言われ総司と源三郎が承知、と返事をしたが早いか、「待ってくれ」とさくらが割って入った。
「私も行く。局長、副長。この通り。頼みます」
深々と頭を下げるさくらに、「しかしな……」と歳三が苦々し気な声を浴びせた。そして訪れた沈黙を破ったのは、源三郎だった。
「馬は二頭しかいない。さくら。総司と二人で行って来い」
「源兄ぃ……」さくらは驚いて顔を上げ、源三郎を見た。
「近藤先生。勝手に申し訳ありません。しかし、今日はなんだか”妹のわがまま”を聞いてやりたいなと思いまして」
勇はやれやれ、といったような笑みを零した。
「源さんに言われたら仕方ないですね……わかりました。それじゃあ、さくら、総司。頼んだぞ」
「承知」
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
紫苑の誠
卯月さくら
歴史・時代
あなたの生きる理由になりたい。
これは、心を閉ざし復讐に生きる一人の少女と、誠の旗印のもと、自分の信念を最後まで貫いて散っていった幕末の志士の物語。
※外部サイト「エブリスタ」で自身が投稿した小説を独自に加筆修正したものを投稿しています。
庚申待ちの夜
ビター
歴史・時代
江戸、両国界隈で商いをする者たち。今宵は庚申講で寄り合いがある。
乾物屋の跡継ぎの紀一郎は、同席者に高麗物屋の長子・伊織がいることを苦々しく思う。
伊織には不可思議な噂と、ある二つ名があった。
第7回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞しました。
ありがとうございます。

新撰組のものがたり
琉莉派
歴史・時代
近藤・土方ら試衛館一門は、もともと尊王攘夷の志を胸に京へ上った。
ところが京の政治状況に巻き込まれ、翻弄され、いつしか尊王攘夷派から敵対視される立場に追いやられる。
近藤は弱気に陥り、何度も「新撰組をやめたい」とお上に申し出るが、聞き入れてもらえない――。
町田市小野路町の小島邸に残る近藤勇が出した手紙の数々には、一般に鬼の局長として知られる近藤の姿とは真逆の、弱々しい一面が克明にあらわれている。
近藤はずっと、新撰組を解散して多摩に帰りたいと思っていたのだ。
最新の歴史研究で明らかになった新撰組の実相を、真正面から描きます。
主人公は土方歳三。
彼の恋と戦いの日々がメインとなります。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
北武の寅 <幕末さいたま志士伝>
海野 次朗
歴史・時代
タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。
幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。
根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。
前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。
(※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる