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最期のつとめ、恋のおわり①
しおりを挟むさくら、歳三、源三郎、総司、新八、左之助の六人が、勇の部屋に集められた。試衛館生え抜きの面々だけが呼ばれたことに、皆異様なものを感じ取っていた。
「山南さんが、昨日から戻っていない」勇が眉間に皺を寄せて言った。
「それって、どういう……」総司の顔が俄かに青ざめた。
「あ、明里さんのところじゃないか?泊ってるのかも」さくらが閃いた、とばかりに声を弾ませた。
「外泊の届けは出ていない」歳三が淡々と否定する。
「そんなもん、ちょっと忘れちまったとか、泊まらずに帰ってくるつもりが盛り上がってそのまま、とかあるだろうよ」左之助が援護した。
「まさか近藤さん……山南さんが……脱走したと?」新八が驚きの眼差しを向けた。
勇はうーん、と唸ったかと思うと、言いにくそうに口を開いた。
「その可能性も、あると思う」
「そんな……では山南さんは……?」源三郎がおずおずと訊いた。
「切腹。に、なるだろうな」
歳三の一言で、ただでさえ重苦しかったその場の空気が、よりずしりと落ち込むようであった。
「わ、私、島原に行ってくる!明里さんのところにいるかもしれないし!」
「あ、おいさくら!」
勇が呼び止めるのも聞かず、さくらは部屋を飛び出していった。
――脱走なんて……嘘ですよね?山南さん……!無断外泊したのは褒められることではないし、謹慎くらいにはなるかもしれないが……!お願い、明里さんのところにいますように……!
さくらはぜいぜいと息を切らせて木津屋の前に立ち尽くした。それから一瞬だけ冷静になって、そういえば男の姿でここに現れたらまずいのではないか、と思い至った。何しろ女中として潜入していた時に顔なじみになった人間がうようよいるのだから。
すると、馬の蹄が地を踏む音が聞こえてきた。何事かと見やると、竜丸に乗った源三郎が現れた。
「まったく、一人で突っ走って」
「す、すまぬ……」
「私が取り継ぐから、そこの茶屋で待っていなさい」
さくらは言われた通りに近くの茶屋に入り、申し訳程度に茶を一杯頼むと、祈るような気持ちで源三郎が現れるのを待った。気持ちとしては一刻(二時間)ほど経ってしまったのではないかと思える程待った後、源三郎がやってきた。なんと、簡素な装いの明里も一緒である。さくらは、嫌な予感がした。
「サク、山南さんは、明里さんのところにも来ていないそうだ」
「お初はん、ほんまなんどすか?昨日の今日やないの。山南はんは、どこへ……?」
「それは、わかりません……ただ、明里さんのところにもいないとなると……」
「脱走……」
ぽつりと呟いた源三郎を、睨むように明里は見た。
「脱走したらどないなるんどす」
「隊規に照らし、切腹になります」
さくらの言葉に、明里はふらりと倒れそうになった。源三郎が支えてやると、明里は体勢を立て直し、さくらの肩をぐっと掴んだ。
「お願いどす。山南はんを、助けとおくれやす。後生どす、お初はん……」
さくらは黙って頷き、明里の手を握った。
さくらと源三郎が屯所に戻ると、再び朝方と同じ面々が勇の部屋に顔を揃え、今後の策を話し合った。
歳三たちが山南の部屋を検めた結果、行李の中身がごっそりなくなっており、置手紙が見つかったそうだ。一言だけ、「江戸へ帰ります。お世話になりました」と書いてあったという。
もはや、山南が脱走したという事実は疑いようのないものになってしまった。
「おい、本当にサンナンさん切腹させんのかよ?」左之助が言った。
「法度でそう決まっている。ここでサンナンさんを助けたら、去年の葛山のことはどうなると言われるだろ。ただでさえ烏合の衆だった新選組が、新入隊士も増えてこの先ますます統制が取りにくくなるんだ。そんな時、古参の幹部は助けます、それ以外は切腹させます、じゃ示しがつかねえ」
「トシの言うことはもっともだ。すぐに追っ手を出して山南さんを連れ戻そう」
勇は他の六人をじっと見つめた。そして真剣な面持ちで言い渡した。
「源さん、総司、二人で行ってきてください。馬で行けば追いつける」
えっ、と皆が拍子抜けしたような顔をした。
「ただし。……草津を越えれば、東海道で行くのか中山道で行くのかわからなくなる。草津まで行って見つからなければ、戻ってきてくれ。見つからないものは仕方がないからな」
その場にいる全員が、勇の意図をくみ取った。だが、誰ひとりそれを口にはしなかった。
「局長指示だ。総司、源さん、頼めるな。他のやつらには念のため市中や西側、大坂方面を探させよう」
歳三に言われ総司と源三郎が承知、と返事をしたが早いか、「待ってくれ」とさくらが割って入った。
「私も行く。局長、副長。この通り。頼みます」
深々と頭を下げるさくらに、「しかしな……」と歳三が苦々し気な声を浴びせた。そして訪れた沈黙を破ったのは、源三郎だった。
「馬は二頭しかいない。さくら。総司と二人で行って来い」
「源兄ぃ……」さくらは驚いて顔を上げ、源三郎を見た。
「近藤先生。勝手に申し訳ありません。しかし、今日はなんだか”妹のわがまま”を聞いてやりたいなと思いまして」
勇はやれやれ、といったような笑みを零した。
「源さんに言われたら仕方ないですね……わかりました。それじゃあ、さくら、総司。頼んだぞ」
「承知」
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