浅葱色の桜

初音

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さくらの乱入②

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 勇の耳に、さくらの囁くような声が聞こえてきた。「バカ者、人がせっかく」と。
 沈黙が流れた。もうあとは容保の言葉を待つしかない。そんな思いで勇は畳に額をこすりつけんばかりに平身低頭していた。
「はっ……はっはっは!」
「と、殿?」
 山本が驚いて容保に声をかけた。容保が「二人とも面を上げよ」というので、勇とさくらはおそるおそる顔を上げた。そこには、楽しそうな笑みを浮かべる容保の姿があった。
「島崎。そちが来る前にすでに余の心は決まっておった。近藤も、永倉たちも、ここで失うには惜しい。余に免じて、双方和解してはどうかと、ちょうど提案しておったところだったのだ」
「へ……?」
 勇がちらと横を見ると、さくらの顔から血の気が引いていくのがわかった。無理もない。正体バラし損、命懸け損である。
「そ、それはなおのこと、ご無礼つかまつりました!お詫びのしようもございません」
 再び頭を下げるさくらに、容保は「よいのだ」と声をかけた。
「余の決定は変わらぬ。どうじゃ。簡単だが、酒肴を用意してある。せっかくの機会である。島崎、そちも招かれるがよい。無礼講だ。気にする必要はない」
「し、しかし殿、この者は女子だと……!」
 山本が割って入った。神保も「そうですよ、殿!近藤の姉だと!」と加わった。容保は涼しい顔をして二人を見た。
「余が今日知ったことは、近藤が島崎の弟であるということだけだ。はて、兄であったか姉であったか」
「殿……!」
「聞いていたであろう。近藤にはっきり物が申せるのは新選組の中でもこの島崎だけらしいではないか。すなわち、新選組にはなくてはならない人物ということになる。のう、近藤?」
「はっ……!殿のおっしゃる通りにございます!」
 山本と神保はぐぬぬと口を結んで黙り込んでしまった。
「さあ、そうと決まれば酒をもて」
 笑顔で言う容保に、山本も神保も「御意に」と答えるしかなかった。やがて、新選組の八人を残し、容保たちは席を外してしまった。全員、緊張の糸が途切れ「はああ」と大きく息をついた。
「サクっ!なんてことを……!」勇が開口一番そう言った。
「島崎さん……まったく無茶をする!」新八も続いた。
「まあまあ、結果的に全員首の皮一枚で繋がったんだ。細かいことは言いっこなし!」
 さくらがあっはっは、と笑って見せるのに、「細かくねーよ!」と左之助が突っ込んだ。
「だが確かに、こうして全員命拾いしたわけですから、これからはますます殿のためにも隊務に精を出さねばなりませんね」
 斎藤の言葉に、全員がうむ、と口を結んだ。
「容保公は、素晴らしいお方だ」新八が言った。
「ああ。みんな、改めて、すまなかった。これからも、同志として殿や公方様のために、共に京の治安のために戦ってくれるか」勇はひとりひとりの顔を見回した。皆、柔らかい笑みを浮かべていたことに、勇は心底ほっとした。
「はい。近藤さん、こちらこそ、申し訳ありませんでした。島崎さんも、ありがとうございました」新八も頭を下げた。
 こうして、この建白書騒動は九割は容保の執り成し、一割はさくらの乱入もあり、一件落着となった。
 その日は容保の言葉に甘え、八人は用意された酒の席を楽しんだのだった。

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