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新体制、始動②
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さくらは、新八の部屋の隣の隣にある、自室へ戻った。
隊士が増えたのを機に、さくらは部屋を引っ越していた。以前は勇の部屋と歳三の部屋に挟まれた一人部屋だったが、屯所を空けがちないち副長助勤が一人部屋なのはおかしい。と、勘ぐられないために、源三郎と同室になっていた。代わりに、山南がさくらの部屋に移動していた。
「あっ、源兄ぃ、終わった?」
「どこ行ってたんだ」
「えっ、別に、ちょっとそこまで」
「まったく……」
さくらは部屋のど真ん中に置いてある衝立を背に座り込んだ。源三郎から巻物のように長い紙を受け取ると、目を通していく。編成表の写しだ。
「はあ、露骨だねえ。新八は謹慎で代わりに伊東さん、左之助は小荷駄の隊長なんてさ」
「まあ、仕方ないだろう」
「それと……」
さくらは紙の端から端までもう一度確認した。
「山南さんが、いない」
源三郎が寂しそうに頷いた。
編成発表の場にいなかった三人の幹部のうちの一人・山南は、移動してきて間もない自室で臥せっていた。
腕が使えなくなって一年が経った。
一年間、大した戦力にもならないというのに、仲間として置いてもらえていることに、ありがたさと歯がゆさが混在する。
季節の変わり目でさらに体調を崩してからは、寝付くことも多くなった。よくも悪くも、新しい部屋はひっそりと在隊するにはちょうどいい部屋だ。
――明里のところにも、最近行けていないなあ。
バチが当たったのだろう。ロクに働きもしないのに一丁前に女のところには通うなんて。
それでも、そうでもしなければ、もしかしたらもっと前に寝込んでしまったかもしれないのだ。
水を飲もうと、山南は体を起こした。ふと目に入ったのは、今まさに発表されている長州征伐に向けた編成表である。
そこに、自分の名前はない。
「一番隊、沖田総司、二番隊、伊東甲子太郎……か」
平助は、本当に伊東甲子太郎を呼んできてしまった。それについてとやかく言う資格などないとはわかっていたが、「文武両道」の呼び声高い伊東の登場は、なんだか一層自分の立場を危うくしてしまうような気がした。事実、いくら新八の代理とはいえ、総司に次ぐ二番隊の隊長に任命されている。むろん、自分が行軍の一員に入らないことも、伊東が二番隊隊長になることも、事前に勇・歳三と協議のうえ納得ずくのことである。相談を受けただけでも御の字だと思う。むしろそれだけが、自分の存在意義のような気がした。
数日前、勇と歳三は編成表の素案を見せにきた。
「一番隊から四番隊を山南さんが、五番隊から八番隊を土方君が束ねるのが筋だとおれは思っています。その方が、各隊に副長の目が届きやすい。一番隊は沖田の隊にする予定ですし、二番隊は永倉君の代わりに伊東さんに任せる予定です。伊東さんも、同門の山南さんの下についた方が何かと気安いでしょう」
編成表には、一番端に勇の名前があり、そこから線が二本に分かれて「副長 土方歳三」「副長 山南敬助」と書いてある。さらにそこから線が引いてあり、それぞれの小隊の面々が書かれている。
「近藤さん、大変ありがたい話ですが、私は……」
「もちろん、腕の怪我のことはわかっています。こんなことを言うのも情けないですが、我々は幕府軍の小隊のひとつにすぎません。実際長州と剣を交えることはないかもしれません。山南さんには、前線で戦ってもらうというよりは、総司たちの士気を上げる役目を果たしてもらえると思うんです。それに、刀は振るえなくても、鉄砲ならなんとかなると思いませんか?これから新選組は洋式調練も取り入れていきたいと思っていますし」
勇が、最大限に役割を与えてくれようとしているのがわかって、山南は胸が熱くなった。一年も前線から退いている自分に、ここまで言ってくれるとは。
だが、山南の心は決まっていた。
「近藤さん。ありがとうございます。しかし、私は屯所の守りをさせてもらいますよ。可能性が低いといっても、戦場《いくさば》で剣を取らなければならないこともあるでしょう。その時に、足手まといになるのは御免です。沖田君や伊東さんたちに、気を遣わせるわけにはいきません」
「山南さん……」
「近藤さん。あなたについて来てよかった。土方君。皆を頼みます」
自分は今どんな顔をしているのだろう。勇と歳三の目にどう映っているのだろう。少なくとも、勇と歳三がそれ以上食い下がらなかったので、山南はわかってもらえたのだと安堵の笑みを漏らした。
「そうそう、水水」
山南は編成表を折りたたむと、土瓶を手に部屋を出た。遠くに聞こえる隊士たちの声を聞きながら、山南は思った。
――私は新選組のために、何ができるのだろう。
隊士が増えたのを機に、さくらは部屋を引っ越していた。以前は勇の部屋と歳三の部屋に挟まれた一人部屋だったが、屯所を空けがちないち副長助勤が一人部屋なのはおかしい。と、勘ぐられないために、源三郎と同室になっていた。代わりに、山南がさくらの部屋に移動していた。
「あっ、源兄ぃ、終わった?」
「どこ行ってたんだ」
「えっ、別に、ちょっとそこまで」
「まったく……」
さくらは部屋のど真ん中に置いてある衝立を背に座り込んだ。源三郎から巻物のように長い紙を受け取ると、目を通していく。編成表の写しだ。
「はあ、露骨だねえ。新八は謹慎で代わりに伊東さん、左之助は小荷駄の隊長なんてさ」
「まあ、仕方ないだろう」
「それと……」
さくらは紙の端から端までもう一度確認した。
「山南さんが、いない」
源三郎が寂しそうに頷いた。
編成発表の場にいなかった三人の幹部のうちの一人・山南は、移動してきて間もない自室で臥せっていた。
腕が使えなくなって一年が経った。
一年間、大した戦力にもならないというのに、仲間として置いてもらえていることに、ありがたさと歯がゆさが混在する。
季節の変わり目でさらに体調を崩してからは、寝付くことも多くなった。よくも悪くも、新しい部屋はひっそりと在隊するにはちょうどいい部屋だ。
――明里のところにも、最近行けていないなあ。
バチが当たったのだろう。ロクに働きもしないのに一丁前に女のところには通うなんて。
それでも、そうでもしなければ、もしかしたらもっと前に寝込んでしまったかもしれないのだ。
水を飲もうと、山南は体を起こした。ふと目に入ったのは、今まさに発表されている長州征伐に向けた編成表である。
そこに、自分の名前はない。
「一番隊、沖田総司、二番隊、伊東甲子太郎……か」
平助は、本当に伊東甲子太郎を呼んできてしまった。それについてとやかく言う資格などないとはわかっていたが、「文武両道」の呼び声高い伊東の登場は、なんだか一層自分の立場を危うくしてしまうような気がした。事実、いくら新八の代理とはいえ、総司に次ぐ二番隊の隊長に任命されている。むろん、自分が行軍の一員に入らないことも、伊東が二番隊隊長になることも、事前に勇・歳三と協議のうえ納得ずくのことである。相談を受けただけでも御の字だと思う。むしろそれだけが、自分の存在意義のような気がした。
数日前、勇と歳三は編成表の素案を見せにきた。
「一番隊から四番隊を山南さんが、五番隊から八番隊を土方君が束ねるのが筋だとおれは思っています。その方が、各隊に副長の目が届きやすい。一番隊は沖田の隊にする予定ですし、二番隊は永倉君の代わりに伊東さんに任せる予定です。伊東さんも、同門の山南さんの下についた方が何かと気安いでしょう」
編成表には、一番端に勇の名前があり、そこから線が二本に分かれて「副長 土方歳三」「副長 山南敬助」と書いてある。さらにそこから線が引いてあり、それぞれの小隊の面々が書かれている。
「近藤さん、大変ありがたい話ですが、私は……」
「もちろん、腕の怪我のことはわかっています。こんなことを言うのも情けないですが、我々は幕府軍の小隊のひとつにすぎません。実際長州と剣を交えることはないかもしれません。山南さんには、前線で戦ってもらうというよりは、総司たちの士気を上げる役目を果たしてもらえると思うんです。それに、刀は振るえなくても、鉄砲ならなんとかなると思いませんか?これから新選組は洋式調練も取り入れていきたいと思っていますし」
勇が、最大限に役割を与えてくれようとしているのがわかって、山南は胸が熱くなった。一年も前線から退いている自分に、ここまで言ってくれるとは。
だが、山南の心は決まっていた。
「近藤さん。ありがとうございます。しかし、私は屯所の守りをさせてもらいますよ。可能性が低いといっても、戦場《いくさば》で剣を取らなければならないこともあるでしょう。その時に、足手まといになるのは御免です。沖田君や伊東さんたちに、気を遣わせるわけにはいきません」
「山南さん……」
「近藤さん。あなたについて来てよかった。土方君。皆を頼みます」
自分は今どんな顔をしているのだろう。勇と歳三の目にどう映っているのだろう。少なくとも、勇と歳三がそれ以上食い下がらなかったので、山南はわかってもらえたのだと安堵の笑みを漏らした。
「そうそう、水水」
山南は編成表を折りたたむと、土瓶を手に部屋を出た。遠くに聞こえる隊士たちの声を聞きながら、山南は思った。
――私は新選組のために、何ができるのだろう。
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