浅葱色の桜

初音

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ながい、ながい夏の日 ―夜⑥

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 ――今日だけで、何人斬ったのだろう。私は。私たちは。
「本当に、鬼になったもんだ」
 ぽつりと声に出したのは独り言だったはずなのに、まさかの返事が聞こえてきた。
「今更何言ってんだ」
 さくらの目に明かりが飛び込んできた。暗闇の中にいきなり現れたので目がちかちかする。明かりの正体は歳三の持つ提灯だった。
「歳三……」
「大丈夫か」
「かすり傷は負ったが、大丈夫だ。隣の部屋に平助がいるんだ。怪我してる。二階の様子も外の様子も全くわからぬ。皆は無事なのか?」
「今源さんたちが調べてる。裏庭の方が悲惨みたいだ」
「裏庭……?」
 さくらは縁側の方を見やった。途端に、背筋がぞわりと寒くなるような感覚を覚えた。歳三の手を借りて立ち上がってみると、やはり足は痛んだが、歩けないほどではなかった。さくらと歳三は縁側から庭に降りて裏口の近くに向かった。
「土方さん、島崎さん」二人に気づいて声をかけたのは斎藤だった。跪く彼の前には、浅葱色の羽織を着た男が斃れていた。
「お、奥沢……?」
 さくらはもつれる足取りで駆け寄った。ぱたりと座り込むと、うつ伏せになっている奥沢を見た。少しでも動こうとしたのか、顔だけは横を向いてくうを見ているような表情だ。斎藤が瞼を閉じてやり、合掌した。
「ここから逃げようとした敵が大勢いたようですね。一緒にいた安藤さんと新田が同じく重傷を。すでに近くの番所に運んでいます。局長と永倉さんが途中から加勢したそうですが、手遅れだったようです」
 さくらは必死にここまでの記憶を辿った。どうすればよかった?どうすれば助けられた?
 平助を助けて、北添を斬った後、確かに庭の方から大声や斬り合う物音が聞こえていた。だが、建物の一階にはもはや自分と周平しかいなかった。もしあの時裏庭の加勢に回っていれば今度は周平が死んでいたかもしれない。それでも……
「私が采配を、判断を誤ったのだ……救えたかもしれない、奥沢は……」
「馬鹿やろう、サクのせいじゃねえだろ。むしろこの敵の多さで死人が一人だけなんて、大したもんだ。大勝利だ」
 そう言った歳三の声には、力強さがあった。だが、さくらが歳三の顔を見上げると、その表情には苦々しげな色が浮かんでいた。
「斎藤。元気な奴らで池田屋の周りを囲め」
「はい。ただ、もう逃げようとする者もいないでしょう」
「そうじゃねえ。島田の話じゃ、今さら会津や奉行所がこっちに援軍を差し向けてるらしい。これは俺たち新選組だけの手柄だ。援軍なんかいらねえ。縛った奴連れてくのは構わねえが、中には絶対入れるな」
 斎藤は驚いたように目を丸くしていた。さくらはふっと笑みを零した。
「さすが、副長様の考えることは違いますな」
 皮肉っぽく言うさくらに歳三は「うるせえ」と返した。

 主に歳三たちが事後処理を行ってくれたので(さくらが後で聞いた話では、天井裏や押し入れにも敵が潜んでいて、源三郎たちが残らず引っ張り出して捕縛したらしい)、さくらを含め負傷した者は先に番所へ行って応急手当を受けた。
 番所にはすでに平助が運ばれていて手当を受けていた。頭を斬られたせいか気を失っているようだったが、命は助かっているらしい。そして、さくらにとって驚きだったのは、総司と新八が怪我人としてそこにいたことだった。さくらは比較的元気そうな新八に声をかけた。
「島崎さん!そちらの様子をうかがえなくて申し訳ない。怪我は?」
「足をやられた。まあ、痛みさえ引けば歩けそうだが……新八は?」
「私は手を」
 と言って、新八は左手をぷらぷらとさくらの前で振って見せた。手のひらにざっくりと刀傷を負っている。
「痛そうだな……大丈夫なのか?」
「骨まではいってなさそうなのでなんとかなるでしょう」
「そうか。あれだけの乱闘だ。こちらも全員無傷というわけにはいかぬな」
「そう考えると、近藤さんはすごいですね。我々皆どこかしら怪我したり倒れたりしているのに、無傷どころかいまだに池田屋で土方さんと休みなく采配を振るってるんですから」
「はは、化け物並みの強靭さだな。……ところで、総司は……あれはどうしたのだ」

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