浅葱色の桜

初音

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ながい、ながい夏の日 ―夜⑤

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 歳三は、募る苛立ちをなんとかこらえながら、鴨川沿いを探索していた。源三郎に十人程任せて二手に分かれたが、手掛かりは見つからない。先ほど、有力かと思っていた四国屋が外れ、イライラはさらに増すばかりだ。
「土方副長!ここにいらっしゃいましたか!」
 息を切らせて走ってくる浅葱色の羽織の人物がいた。
「周平か!」と叫んだのは彼の長兄・谷三十郎だった。
「お前、近藤さんの隊にいたんじゃ……!」歳三も驚いて声を上げた。周平はぜいぜいと言いながら歳三たちの目の前で足を止めた。
「い、池田屋です。島崎先生に言われて、副長たちを呼ぶようにと」
「池田屋だと……!」割って入る谷を気にも留めない様子で、歳三は「状況を説明しろ」と促した。
「敵は少なくとも十人以上は……何人か逃げました。局長と沖田先生が二階を守られていたので、正確な人数はわかりません」
「わかった。よく伝えてくれた。井上さんたちが一本裏通りを回っている。同じ内容を伝えてこい」
「はいっ!」
 走り去っていく周平を見やり、歳三は声を張り上げた。
「てめえら!池田屋だ!足の速い者から全速力で駆けつけろ!」
「承知!」
 ――勝っちゃん、さくら、総司……皆、無事でいろよ……!
 歳三は、高鳴る心臓を抑えながら、三条大橋を渡った。すると、前から血まみれの男が走ってきた。
「し、新選組!まだいやがったか!」
 男は腕から血を流していた。池田屋から逃げてきたに違いない。最後の力を振り絞らんとばかりに、男はがむしゃらに刀を振り回した。めちゃくちゃな動きが却って読みにくいが、自分自身、自己流の剣を磨いてきたこともあり、素早くかわすことができた。
 キン!と刀がぶつかりあう。歳三は少しかがんで相手の足を払った。よろめいた相手の刀は、がんっと鈍い音を立てて橋の欄干の擬宝珠ぎぼしに傷をつけた。
「くっ、馬鹿力かよ……!」
 歳三は刀を振り上げた。体勢を崩した名も知らぬ男は下段から応戦しようとしたが、歳三の方が速かった。
 肩口に入った刃が致命傷となった。男は呻き声をあげ、動かなくなった。
 二町(二百メートル)先が騒がしい。今や野次馬も集まっているが、返り血を浴びた歳三が通ると、皆ひいい!と声を上げて道を開けた。

 さくらは、荒く息をしながらあたりを見回した。池田屋の中は奇妙な静けさに包まれていた。敵も味方も大なり小なり傷を負ったり体力を消耗したりしているはずだ。激しい戦闘は一旦終わったのか、と思い、さくらは負傷してうずくまっている者たちに縄をかけ始めた。
 三人目に縄をかけたのは、脚を怪我して倒れている若い男だった。苦しそうな息遣いが聞こえてくるので、暗闇の中でもまだ生きているのだとわかる。さくらはゆっくりと近づいていった。すると、その時急に物音がした。目が慣れてくると、足が使えないなら手で、とばかりに男がのろのろと縁側の方に這いつくばっていくのが見えた。
「こら、大人しくしてろ!」さくらは回り込んで男の前に立ちはだかった。だが次の瞬間、さくらは男が腹ばいになりながらも腕を振り上げるのを見た。とっさによけたが、左足に激痛が走った。どうやら小刀で足首のあたりを斬られたらしい。
「くそ、せっかく命までは取らずにおこうと思ったのに!」
 さくらは刀を抜くと、上から男の背中に突き立てた。がはっという声が聞こえたかと思うと、男はこと切れていた。
 さくらはなんとか足を引きずりながら部屋の隅に腰掛けた。狭い部屋なので他に人はいない。懐から手ぬぐいを出して足を縛った。傷は深くなさそうだが、走り回ることはできなさそうだ。平助は大丈夫だろうか。他のみんなは。周平は無事に歳三と落ち合えただろうか。そんなことを考えた矢先、ドタドタと数人分の足音がした。
「新選組だ!もう逃げ場はない!観念して縄につけ!」
 歳三の声だ。
 ――ああ、来てくれた。もう、大丈夫だ。
 そう思ったら、緊張の糸がぷつりと切れたようである。さくらはぱたんとその場に横になった。視線の先には、先ほど自分が殺した男がぴくりともせずに横たわっていた。
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