浅葱色の桜

初音

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ながい、ながい夏の日 ―夜④

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 総司は、一人きりで二階を守っていた。
 勇も新八も下に逃げる敵を追っていってしまった。これ以上敵を下に行かせぬよう、総司は階段近くに陣取っていた。どこから誰が来るかわからないので、全方向に意識を向ける。だが、暑さのせいか息があがる。集中せねば、と刀を握る手に今一度力を込めた。すると、すぐ隣の部屋から物音がした。総司はすぐさま部屋に入る。だが、誰もいなかった。なんとなく嫌な予感がして、押し入れの襖に手をかける。中には、男が一人潜んでいた。
 総司はバッと後ろに飛び退いた。押し入れの中から出てきた男は、すっと刀を構えた。総司も、平晴眼の構えを取る。
「お前、名をなんと言う」男は静かに尋ねた。
「そんなこと聞いてどうするんです」
「名も知らん者に同志がやられたと報告するわけにはいかん」
「……沖田総司」
「吉田稔麿」
 来る、と総司は思った。だが、次の瞬間、体に違和感が走った。足に力が入らない。その場にドサっと膝をついてしまった。
 ――なんだ……?これは……?
 視界がぼやけてくる。暗闇のせいだけではなさそうだった。煌めく白刃だけが目の端に留まった。ああ、私はここで死ぬのだ、と思った。
 だが、キン!という鋭い音で総司の意識はハッと戻った。目の前には浅葱色の羽織がはためいていた。吉田の手首からは血が流れている。
 吉田はチッと悔しそうに舌打ちすると、部屋を出て建物の真反対に向かって駆けていった。
「あっ、くそ、逃げやがって!」
 その声で、総司の窮地を救ってくれたのは新八だとわかった。永倉さん?と声をかけると、新八は総司の前にかがみこんだ。
「大丈夫か?」
「ええ、傷は負ってないのですが……いかんせん頭がぼうっとして、立てないみたいです……永倉さん、どうしてここに?」
「近藤局長が裏庭で奮戦している。ってことは二階は総司一人かと思ってな。助太刀に来た」
「さすが、武士の勘ってやつですかね。間一髪でしたよ」
「お前はここにいろ。周平が土方さんたちを呼びに行ったらしいから、まもなく到着するだろう」
 総司は「すみません、面目ないです」と言うとその場にばたりと倒れた。
「そうだ、死んだふりしとけ。その方がむしろ安全だ」
 新八はニッと笑うと部屋を出た。

 吉田稔麿は、隙をついて池田屋を脱出し、長州藩邸に向かって駆けていた。
 仲間が次々とやられている。
 新選組、存在は知っていた。沖田総司、聞いたことがあるような気がする。
 自分たちは、日本を変えるために、守るために、今日まで全力を尽くしてきたというのに。
「あんなわけのわからん連中に、潰されてたまるか――!」
 目と鼻の先の藩邸前には、すでに人影があった。
「開けてくれいうちょるのが聞こえんがかえ!?わしはともかく、おまさんらの藩の者がやられとるきに!援軍さえ出してくれちょったら、あないな奴らすぐ蹴散らせゆう!」
 叫んでいたのは、望月亀弥太であった。
「望月どの!」
「吉田さん!無事だったがかえ!」
「手に怪我を負ったが、大した傷じゃない」
 状況を察知した吉田は、望月と共に叫んだ。援軍を寄越せ、数人でいい。新選組の暴挙を止めねば、我々の志は水泡に帰すのだと。
 やがて、無反応だった藩邸の門が開いた。使い走りと思われる吉田の知らない若者が出てきた。
「どうか、お引き取りください。今藩として出ていけば、戦になる」
「戦でもなんでもしてやるさ!今度こそ長州が……!」
 吉田の訴えに、若者は悲しそうに首を横に振った。この男は単なる連絡役だとわかっていたが、今にも掴みかかりたくなる衝動に駆られる。
「『新選組の後ろには会津が、会津と共には、薩摩もいる。昨年のことを忘れたか』とことづかっております」
 御免、と小さく謝ると若者は藩邸の奥に去っていった。
「おい!待て!」
 追いかけようとした瞬間、硬い門扉は閉ざされてしまった。ガチャン、と音がする。中で閂が閉められたようだった。
 吉田と望月は、へなへなとその場に崩れ落ちた。取り付く島もなかった。自分たちは、見捨てられたのだと悟った。
「望月どの……ここまでだ……」
「わしもそう思うき……」
 二人はどちらからともなく脇差を抜いた。

 そして、ほぼ同時に二人は腹を切った。




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