浅葱色の桜

初音

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ながい、ながい夏の日 ―夜③

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 一歩、二歩、三歩目でがっと踏み込んだ。あっという間に間合いに入ったさくらは刀を握った両手を真っすぐ前に突き出した。
 うっと、声にならない呻きが聞こえた。北添はやや左後ろに避け急所は外れたが、腰に刀が突き刺さっていた。
 さくらは頬に生暖かい返り血が飛んでくるのを感じつつ、刀を抜いた。北添はぜいぜい、と息をしながら崩れるようにその場に座り込んだ。
「はっ、わしゃあ、お前にやられたわけやないきに。残念じゃったのう」
 北添はそう言って座りながらも刀を掲げた。さくらは身構えたが、その刃は北添本人に向かった。討ち死により切腹を選んだ彼の最期を、さくらは複雑な思いに駆られながら見つめた。
 北添がついにドサリと畳にその体を横たえると、さくらは平助のもとへと駆け寄った。
「平助、平助!大丈夫か?生きてるか!」
「島崎さん……大丈夫です。そんなに深くないみたいで」
 口ではそう言うものの、目がうつろになっており、これ以上戦うのは無理だろうとさくらは思った。どこか安全な場所で休ませたかったが、今この池田屋の中に安全な場所などないに等しかった。
「僕はここで大丈夫ですから、島崎さんは行ってください。他の皆も心配ですし」
 確かに平助の言う通り、他の面々も心配だ。特に、一緒に突入した周平はどうしただろうと思い、さくらは「すまぬ、平助」と言って戦線に戻っていった。

 周平は土間で敵と対峙していた。前の敵に気を取られて背後から来ている男に気づいていない。さくらは「周平!」と叫んで一足飛びに男の背後に駆け寄り、一太刀浴びせた。男は呻いてさくらの方を振り返った。普通ならとても立っていられる状態ではないはずだが、男は目をぎらぎらとさせてさくらに向かって刀を構えた。
 ――迂闊には動けぬな……
 さくらは男の気迫に気圧されないように、平晴眼に構えてしばらく指一つ動かさなかった。が、視界の端では周平の姿も捉える。
 さくらに気づいた周平は「島崎先生!」と声を上げると一瞬気が抜けたのか相手に間合いを詰められた。鍔迫り合いに持ち込んだが、力負けしそうである。周平はあえて横に飛び退き、しゃがみこんで下から相手の足を斬った。さくらはその様子を見届けると、目の前の敵に集中した。
「おのれ……壬生浪……」
 男が一瞬ぴくりと動いた。来る!と踏んださくらは相手よりも早く間合いに入ろうと動く。しかし、あろうことか先ほど背中を斬った時の血だまりに足をすべらせ、尻餅をついてしまった。その拍子に刀も手放してしまった。
 急いで刀を掴もうとするが、もちろん男もその好機を逃す程馬鹿ではない。刀を思い切り振り下ろしてくる。さくらはなんとか体をよじらせて避けようとしたが、今までで一番、死を近くに感じた。
 だが、男は目の前で体勢を崩し、その場に倒れた。背後には周平がハアハアと息を切らせて立っていた。
「周平、お前……」
「大丈夫ですか、島崎先生」
 周平が背中に留めの一撃を与えたらしい。さくらは安堵のあまり立ち上がれなくなってしまった。
「はあ、助かった。恩に着る……」
「お、お怪我は……」さくらを助け起そうと周平が駆け寄ってきた。「大丈夫だ」と答えつつ、さくらも周平の様子を確認した。かすり傷は負っているようだが、まだ無事のようだ。
「周平……土方隊に知らせに行け……たぶんまだ誰もあちらに行く余裕はなかったはずだ……」
「そんな……!敵はまだ大勢います!私だけ先生たちを置いてはいけません!戦います!」
「よく考えろ!」
 さくらの一喝に、周平は驚いたように表情をこわばらせた。
近藤隊私たちだけでは限界がある。状況をよく見ろ。今は、新選組として勝たねばならんのだ。お前が歳三たちを連れ戻ってくるまで、必ずこの場は死守するから……!行ってくれ!」
 周平は唇をぎゅっと結ぶと、こくりと頷いた。
「ご武運を!」
 そう言って、周平は表口に向かっていった。

 さくらは息を整えると、次なる敵を探しに駆けた。






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