浅葱色の桜

初音

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ながい、ながい夏の日 ―夜①

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 夜になって少しは涼しい風も吹いてきているが、防具を身に着け浅葱色の羽織まで着ているのだから、暑い。早いところ見つけてお縄にしたいところだ。
 さくら達「近藤隊」は早々に鴨川を渡り、旅籠はもちろん商家に至るまで虱潰しに探して歩いた。もちろん、闇雲に当たっていたわけではなく普段から長州贔屓とされる店を中心に探していたが、何しろこのあたり一帯長州贔屓ばかりで、結局は地道に探すしかなかった。
「主人はいるか!御用改めである!」
 先陣を切って旅籠の戸を開けるのは奥沢である。
「なんやこないな時間に!寝てる客もいてんのやで、起こしてまうやろ!」
 どちらの声が寝た人を起こすのだと反論したくなるような声で主人に怒鳴られ、「帰った帰った!」とピシャリと戸を閉められる。
 奥沢が小さく「失礼致しました……」と引き下がるのを、さくら達は背後から見守っていた。これで十回目。いや、まだ八回目くらいだったかもしれない。とにかく、入るところ皆こんな調子で、連中の居場所を突き止めるのは到底不可能にも思えてきていた。
「奥沢くん、少しやり方を変えようか」勇が苦笑いして言った。
「しかし局長……!」
「君の覚悟と心意気は十分伝わった。だが、これでは見つかるものも見つからない」
 そこで、一行はまずは明かりが点いている店を優先的に当たり、いきなり喧嘩腰で入るのではなくまずは穏便に検めていこうということになった。
 それでも、なかなか見つからない。遠くから、鐘の音が聞こえた。祇園の会所を出発してから、一刻が経っていた。
 段々と、「どうせ次もまたハズレ」という空気が漂う中、さくら達はとある旅籠の前に立ち止まった。
 表の看板には池田屋、と書いてあった。二階から明かりが漏れている。詳しく調べようということになり、隣の旅籠との細い隙間にさくらと総司が入った。
 芝居の舞台よろしく、暗い方から明るい方はよく見えるものだ。涼を取ろうとしているのか、窓が開け放されている。その窓からのぞく顔に、さくらは見覚えがあった。土佐の浪士・望月亀弥太である。
「総司、当たりだ」さくらは小声で言った。総司は「いよいよですね」と答えた。
 さくらは心の臓がドクドクと脈打っているのを感じた。芹沢を襲撃した時のことを、ふと思い出した。

 勇に報告すると、突入の前に配置を決めようということになった。手分けして両隣の旅籠から池田屋の間取りを聞き出し、ついでに「少々騒がしくなるかもしれませんので、今のうちにどこかへ逃げておいた方がいいですよ」と勧めた。
 結果、武田ら二名が表玄関、奥沢ら三名が裏口に回りそれぞれ出入口を固めることになった。そして勇、総司、新八が先陣を切って突入し、さくら、平助、周平が第二陣として追うことに決まった。

「主人はいるか。御用改めである」
 勇の低い声が響いた。
 奥からドタバタと足音がして、主人と思しき中年の男が現れた。男は「新選組!?」と驚いた顔を見せたが、すぐに商売用の笑顔を取り繕った。
「へえ。こんな時間になんでっしゃろ。お泊りのお客さんにも迷惑になりますさかい。明日の朝出直していただくわけにはいきまへんやろうか?」
「ご主人、こんな時間に来ているのには意味があるのですよ」勇は口角を上げて笑みを見せたが、その目は笑っていない。
 勇はずかずかと中へ入っていった。総司と新八も後に続く。
 主人は狼狽した様子を見せたが、やけっぱち気味に階段に向かって走ると
「お二階の皆様!新選組でございます!」
 と呼び掛けた。
 黒だ。勇は目の前の階段を上っていった。
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