浅葱色の桜

初音

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ながい、ながい夏の日 -昼③

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 黒谷でそんな話がされているとは夢にも思わない新選組の面々。会津藩の援軍を、今か今かと待っている。時刻は、宵五つ(午後八時)になろうとしていた。
「遅い……いくらなんでも……」勇がいら立ちを隠せない様子を見せ始めた。皆も、そわそわと落ち着かない様子でいる。
「もう来ねえんじゃねえか」歳三がぶっきらぼうに言った。
「土方副長、それは冗談ですかねえ?」さくらが皮肉交じりに言った。
「ばかやろう。こんな時に冗談なんか言うかよ」
 歳三は、溜息をつくと持論を展開した。
「会津のお偉いさんは怖えのさ。大勢で出動したのに何もなかった、なんていう展開になるのがよ」
「そんなこと……!」
 あるわけがない、と言おうとしてさくらは口をつぐんだ。ほんの一瞬、そうかもしれない、と思ってしまった。
「まあ、会津の皆さんにも面子というものがありますからね。わからないでもないですが」源三郎が言った。
「どうします?近藤先生」総司がニッと笑った。
 勇は、うーむと考えた。全員が、固唾を飲んで勇を見つめた。
「行こう!我々だけで!」
「よーっしゃ!そう来なくっちゃな!局長!」左之助が拳を突き上げた。
「行きましょう!我々のような少人数の方が小回りが利くという利点もあるし」新八も同意した。
 そうと決まれば早速行きましょう!と平助が意気込んだのを、歳三が「待て」と止めた。
「二手に分かれないか。ここから鴨川沿いに川のこちら側と向こう側を探しながら、長州藩邸近辺で落ち合うってのはどうだ。落ち合った段階でどちらも成果なしだったらその時また考える」
「うむ、そうしよう。人選は……おれに決めさせてくれ」
 勇の発言に、歳三は満足げに頷いた。
「まず、おれと土方副長が一隊を率いる。源さん、土方隊の方を支えてやってください」
「承知」
「それと、おれの方には……」
 勇の方は人数が少ないものの、総司や新八といった精鋭が選ばれた。さくらも近藤の隊に入れられた。順番に名前を読み上げていく勇に「局長!失礼ながら!」と声がした。全員が声のした方を見ると、奥沢と木内が神妙な面持ちで勇を見ていた。
「我ら二人は別の隊に分けていただきたくお願いします」奥沢が言った。確かに、奥沢も木内も歳三の隊に振り分けられている。歳三が「なんだ、不服か」とぶっきらぼうに言うと、木内が続いた。
「昼間、私たちは賊を取り逃がしました。その罪滅ぼしと言ってはなんですが、それぞれの隊で先鋒となり命をかけて敵と相対する覚悟でございます」
「お前たち、そのことは気にせずとも構わんと……!」さくらが割って入ったが奥沢が「いいえ島崎先生」と遮った。
「どの道誰かがやらねばならないのです。ぜひやらせてください」
 一瞬の沈黙。奥沢と木内の頑とした目に、勇が「わかった」と微笑んだ。
「では奥沢くんは、おれの隊に。代わりに、周平、土方副長の隊にいきなさい」
「いや」
 否定したのはさくらだった。
「局長。周平はこちらで戦うべきだ」さくらはじっと勇を見つめた。勇は一瞬驚いたような顔をしたが、やがて「ああ」と納得したような顔を見せた。近藤家跡取りのお手並みを拝見したいというさくらの思いが、伝わったようだ。
「では原田くん、土方くんの隊へ」
「ええ?俺!?」
「左之助さん、賭けましょうよ。どっちが当たりクジ引くか。負けたら飯おごりってことで」
 平助の提案に左之助は「乗った!」とたちまち顔を綻ばせた。
「勝手な金策は切腹だぞ」歳三が睨みをきかせた。
「勝手じゃねえだろー。今こうやって皆の前で宣言してんだからよお」
 左之助のもっともな反論に、その場にはどっと笑いが起きた。
「では、決まりだな。それでは、新選組、出動だ!」
 勇の声に、全員が「おうっ!」と勢いよく声を上げた。新選組総員三十五名は、夜の闇へと飛び出していった。


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