浅葱色の桜

初音

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ながい、ながい夏の日 -昼②

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 七つ(午後四時)頃、黒谷の会津本陣から戻ってきた勇と山南によって、全隊士が大部屋に集められた。全隊士といっても、せいぜい四十名足らずだ。
 まず、勇が今日起きたことを全員に説明した。朝捕縛した男は古高俊太郎といって長州、土佐、肥後などの各藩士、浪士と繋がりがあったということ。連中は御所への火付け、帝の連れ去りといったとんでもない計画を立てていること、武器を奪還しに来た人物がおり、向こうはすぐにでも計画を実行に移す恐れがあるということ。
 病がちで寝込んでいたもの以外は、多かれ少なかれこうした情報をすでに知っていたので、少しざわつく声はあったが、部屋はすぐにしんと静まり返った。
「動ける者は、平服で三々五々祇園の会所に集合して欲しい。桝屋が長州藩邸の至近だったことを考えると、連中はやはりあのあたりにいる可能性も高い。会津藩、ならびに見廻組の応援も頼んである。全員集まり次第、市中を虱潰しに捜索する!」
 承知!と全員が声を揃えた。いつにない緊張感が場を包んだ。その空気の中、口を開いたのは山南だった。
「体調がすぐれない者、病み上がりの者は私と共に屯所の守りを固めることになります。万が一、屯所に刺客が来た時は応戦することになるので、その心づもりで」
 続いて、歳三が屯所に残留する者の名を読み上げていった。呼ばれた者たちはただでさえ悪い顔色がもっと悪くなるようであった。
「山南副長たちが剣を振るわなければならないという状況は、最後の、最悪の状況と捉えてほしい。下手をすれば、八木さんや壬生の人たちにも危害が及ぶ。そうなる前に、奴らを一網打尽にする」
 歳三の鋭い口調は、再び広間の雰囲気をぴりりとさせた。
「そうそう。平服で、とは言ったがな」勇が切り出した。
「皆、防具や装備はきちんと忘れずにな――羽織を持ってきてもいいんだぞ」
 それが、最近ではほとんど誰も着ていない「浅葱色のだんだら羽織」のことだと、さくらを含む古参の隊士はすぐに気づいた。
 ――芹沢さんを、連れていこう。
 さくらは、ふとそんなことを思った。勇に呼応するように、声を張り上げる。
「持っていない者は、物置部屋の押し入れを探せ。皆で着ていこう。新選組、ここにありと見せつけようではないか」
 視界の端に、総司や源三郎、左之助が楽しそうに微笑んでいるのが見えた。
「よし、それでは、皆一旦解散!」

 それから約一刻が経った。
 さくらは一人で祇園の会所に到着した。八坂神社の大きな鳥居がすぐ目の前に見える。祇園祭りの宵々山というだけあって、まもなく日が沈むというのに人波が引く気配はなかった。
 会所には、すでにほとんどの隊士が集合していた。
「すまぬ、遅くなった」
「島崎先生、大丈夫ですよ、まだ時間はありますから……って、どうしたんですかそれ」
 近くにいた総司が出迎えざまに、驚いてさくらを見た。
「はは、少し……気合を入れようと思ってな」
 会所の大部屋に入ると、さくらを見て皆総司と同じ反応をした。
「おお、島崎さん、それ久しぶりだなあ!」左之助が陽気に声をかけた。
「なんだか懐かしいくらいですね」新八も言いながら笑顔を見せた。
 さくらは、祇園に来る前にタミの髪結処に立ち寄り、月代を入れてきたのであった。
 諸士調役としてではなく、今日は新選組・副長助勤として捕り物に出るのだと、さくらは自分を奮い立たせた。

 ***

 その頃、黒谷の会津藩本陣では、容保を前に数名の藩士が喧々諤々、議論を繰り広げていた。
「殿、新選組は祇園の会所にすでに詰めているとのことです。我々も早いところ援軍を派遣した方が……」
「広沢、近藤殿が申していたことは誠なのか。私には、俄かには信じられぬ……」
 広沢の意見に疑問を呈したのは、神保内蔵助じんぼくらのすけ。勇たちの接待を受け、芸妓の斬新な舞を楽しんだが、その芸妓が同じく新選組の隊士だとは露ほども知らない。
「お言葉ですが、私には近藤殿が嘘をついているようには見えませんでしたが」同じくあの宴席にいた山浦が口を挟んだ。
「私とて近藤がわざわざ嘘を申しているとは思ってはおらぬ。だが、その話が本当に起こり得ることなのかと聞いている」
「確かに、肩透かしに終われば、長州との無用な争いを助長しかねませんな」山本覚馬が思案顔で呟いた。
「しかし……殿……!」
 広沢が助けを求めるように容保を見た。
「広沢、山浦。少し様子を見て参れ。本当に援軍が必要な様子であれば、余の命で派遣しよう」
 京都守護職として、藩として責任を背負っている容保の判断としては、それは苦渋の折衷案だった。そのことが皆わかっているので、全員「承知」と返事をすると広沢と山浦は早々に本陣を出た。
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