浅葱色の桜

初音

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ながい、ながい夏の日 ―朝③

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 屯所に戻ると、古高が捉えられていた蔵は静かになっていた。入り口の前で歳三、左之助、斎藤が何かを話している。さくらに気づいた斎藤が声をかけてきた。
「何か吐いたのか?」さくらが尋ねた。
「サク、これは大ごとになったぞ」歳三が答えた。
「大ごと?」
 歳三がこれから局長に報告するというので、左之助を見張りに残してさくら達三人は連れ立って局長室に向かった。
「何か吐いたか?」勇の第一声もそれだった。だが、前のめりになった姿勢を正して咳払いをすると、「まず島崎君の話から聞こうか」と言った。
 さくらは弾薬がいくらか盗られたことを話した。また、さりげなく「木内と奥沢が応戦したからそこまで大量に盗まれてはいない」と彼らに大きな責任はないことも強調しておいた。
「弾薬が盗まれただと!?」この報告に驚いていたのは勇よりも歳三であった。
「ってことは、奴ら、相当焦ってやがるな……」
「焦るって?」さくらが尋ねた。
「局長。古高が自白したぞ。あいつら、直近の風の強い日を狙って御所に火をつけ、帝を長州に連れていく、どさくさに紛れて容保公はじめとする要人を暗殺するなんていうとんでもねえ計画を立てているらしい」
 一瞬、すべての音が消えたような静寂に包まれた。が、勇がわなわなと拳を震わせ、口を開いた。
「なんだと……!奴ら、正気か⁉」
「そんなことしたらやつらだってタダでは……それに、火を放ったら、京の町はどうなる……」さくらもぽつりぽつりと自分の意見を述べた。
「そんな京の町がどうこうまで考えてねえんじゃねえか。とにかく、奴らは攘夷の名の元に自分たちの目的を遂行することしか考えてねえ。とにかく、そんな計画は、断固として阻止しなきゃなんねえ」
「当たり前だ。すぐに黒谷へ使者を出して応援を呼ぼう」勇が鼻を鳴らした。
「それにしても、よくそこまで白状したな。総司が言うには名前と生国以外なかなか口を割らなかったという話だったではないか」
「それは……」
「土方さんが、古高の足に五寸釘を刺しました」
 斎藤の発言に、えっとさくらは声を漏らし聞かなきゃよかったと後悔した。斎藤は淡々と続けた。
「そこに蝋燭を立てて火を灯しました」
 さくらは想像してしまって気分が悪くなった。うええ、と声を出して汚い物でも見るような視線を歳三に向けてしまった。勇も「トシ、お前……」と顔を歪ませていた。
「ふん、さっさと吐かねえからだ」歳三はバツが悪そうに顔を背けた。
「まあ、やり方はともかく計画を聞き出せてよかったよ。それに、早々に武器を奪い返しに来たってことは土方君の言う通り、向こうは焦っているんだろうな。でなければわざわざ新選組の屯所近くに現れる必要もない」
「焦っているということは……」斎藤が考え込んだ。
「計画を早める可能性も十分考えられるな」歳三がその発言を受けて答えた。
「早く親玉を一網打尽にしないと、まずいんじゃないか」
 さくらの言葉を聞いて、歳三がポツリと呟いた。
「祇園祭……」
 京都三大祭りのひとつ、祇園祭。本祭を明後日に控え、すでに祇園の周辺は祭りを楽しむ人々で混みあっているという。
「まさか、祭りの混乱に乗じてというわけですか」
「斎藤、その可能性もないとは言えねえぞ。となると、明日明後日には……」
「すぐに会津藩に応援を要請しよう。土方君、今動ける隊士の人数を確認してくれ。斎藤君、市中に出ている隊士らに一度屯所に戻るように伝えてくれ。島崎君、山南さんを呼んできてくれ。一緒に黒谷に行ってもらう」
 三人は同時に「承知」と答えると、勇の部屋を出てそれぞれ散った。
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