浅葱色の桜

初音

文字の大きさ
上 下
161 / 205

ながい、ながい夏の日 ―朝➀

しおりを挟む
 長い、長い一日だった。
 梅雨明けの空はどこまでも高く、雲一つない爽やかな青がずうっと続いている。ひきかえ、地上はべったりと湿っぽく、午前中だというのにのぼせるような暑さだった。
 しかし、暑い暑いと文句を言っている場合ではなかった。この日、新選組の屯所は異様な緊張感に包まれていた。

 尊攘過激派の志士と繋がりがあるとみられた、桝屋の主人・喜右衛門が捕縛され屯所に連れてこられた。斎藤、武田らが中心となり改めたところ、護身用というには少々苦しい量の鉄砲や弾薬が押収されたのだった。
 さくらは、そんな物騒なものたちと共に発見された大量の書簡に目を通していた。山崎と島田も、それぞれひとつずつ手に取り内容を確認している。
「これは……あの桝屋の主人、かなりいろいろな人物と連絡していたようだな」さくらは書簡を見てハアとため息をついた。
「もしかしたら、かなり大物の尻尾を掴んだんじゃ……?」島田が小さな声で言った。いつもハキハキと威勢よく喋っているのに、珍しいことだ。
吉田稔麿よしだとしまろ宮部鼎蔵みやべていぞう……まあ、もともとは宮部の隠れ家っちゅうことでつきとめたとこが始まりやからなぁ。それに、これ」
 山崎は書簡をさくらに差し出した。そこには、「北添佶摩」の名前があった。
「ってことは、堂々と本名で女遊びしてたのか……」さくらは驚きながらも、書簡に目を通した。
「土佐なら長州ほど目立たへんとか思っておおかた気が緩んだんやろ」
「まさか、島崎先生が女中としてその場に居合わせてたなんて、露ほども思わなかったでしょうなあ」島田は痛快だとでも言わんばかりに笑顔を見せた。
「まあな。今回ばかりは島崎はんが役に立った言うことやな」
「山崎、今回ばかりは、なんて島崎先生に失礼だろう」
「構わん。今回も、次回もその次も、私が使える密偵になればよいだけのこと。さて、私は結果を土方副長に報告しに行く。二人はもう一度町に出てくれ」
「承知」島田はすぐに返事をした。
「そやったら私はもっかい最近事件があったあたり当たってみますわ」山崎は気だるそうに言って立ち上がった。存外素直にさくらの指示を聞いた山崎の背後で、さくらと島田は驚いたように目を見合わせ、微笑んだ。

 ***

 同じ頃、蔵の中では怒声と呻き声がこだましていた。
「名前と、生国。それしか喋ることがねえってことはねえだろう」
 歳三はふう、と息をついて額の汗を袖で拭った。閉めきられた蔵の中は、小さな物見窓からわずかに入る光と風しかなく、薄暗くて蒸し暑い。目の前には、同じく汗、そして血でまみれた男――桝屋喜右衛門・もとい古高俊太郎が天井から吊り下げられている。
 斎藤たちが捉えてきたその男は、口を真一文字に結んだまま、ひゅうひゅうとわずかに苦しそうな息をするだけだった。最初に本名と生国を話したきり、だんまりを決め込んでいる。
 だが、この「だんまり」がそもそも何かがあることを物語っている。やましいことがないのなら、洗いざらい話して身の潔白を証明すればよい。それをしないということは、何かがあるに違いない。
「吐け!あそこで何をしようとしていた!あの武器はどう説明する!護身用たあ言わせねえぞ!」
 激しく問い詰めながら、古高の体を鞭打つ。だが、古高は呻くばかりで何も言わない。
 一緒に蔵に入っていた左之助が、桶に入った水を古高に浴びせた。古高はうわぁっと声を上げると、ぜいぜいと浅い息をした。
「土方さん、こいつ吐きそうにないぜ」
 歳三は苦虫を噛み潰したような顔をして左之助を見た。そうだな、と呟くとその顔は一転して不敵な笑みに変わった。
「斎藤。五寸釘と蝋燭持ってこい」
 斎藤は何も聞かずに承知、とだけ言って蔵を出ていった。その時入り込んだ光で、歳三は古高が想像以上に重傷ふかでを負っていることに気づいた。
 ――敵ながら天晴と言ってやりたいところだが。
 吐かせるまでは、容赦しない。これは、新選組発足以来の大ごとであると、歳三は予感していた。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

紫苑の誠

卯月さくら
歴史・時代
あなたの生きる理由になりたい。 これは、心を閉ざし復讐に生きる一人の少女と、誠の旗印のもと、自分の信念を最後まで貫いて散っていった幕末の志士の物語。 ※外部サイト「エブリスタ」で自身が投稿した小説を独自に加筆修正したものを投稿しています。

庚申待ちの夜

ビター
歴史・時代
江戸、両国界隈で商いをする者たち。今宵は庚申講で寄り合いがある。 乾物屋の跡継ぎの紀一郎は、同席者に高麗物屋の長子・伊織がいることを苦々しく思う。 伊織には不可思議な噂と、ある二つ名があった。 第7回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞しました。 ありがとうございます。

新撰組のものがたり

琉莉派
歴史・時代
近藤・土方ら試衛館一門は、もともと尊王攘夷の志を胸に京へ上った。 ところが京の政治状況に巻き込まれ、翻弄され、いつしか尊王攘夷派から敵対視される立場に追いやられる。 近藤は弱気に陥り、何度も「新撰組をやめたい」とお上に申し出るが、聞き入れてもらえない――。 町田市小野路町の小島邸に残る近藤勇が出した手紙の数々には、一般に鬼の局長として知られる近藤の姿とは真逆の、弱々しい一面が克明にあらわれている。 近藤はずっと、新撰組を解散して多摩に帰りたいと思っていたのだ。 最新の歴史研究で明らかになった新撰組の実相を、真正面から描きます。 主人公は土方歳三。 彼の恋と戦いの日々がメインとなります。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

北武の寅 <幕末さいたま志士伝>

海野 次朗
歴史・時代
 タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。  幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。  根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。  前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。 (※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...