浅葱色の桜

初音

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思わぬ再会②

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「何が『見廻り組』だ。弱そうな名前のくせにでかい顔して。新選組の縄張りに入ってきてどうしようってんだ」
「し、島崎先生、聞こえたらどうするんですか」周平がオロオロとさくらの袂を掴んだ。
「肝が冷えますて。久々に巡察に出てみたらこれですもんなあ」河合が腕を抱えて身震いした。
「このくらいで肝を冷やしていたら命のやり取りなんか到底できないぞ」さくらは吐き捨てるように言った。

 屯所に戻ったさくらは、すぐに勇と歳三・山南の両副長に今日の一件を報告した。
「佐々木さんが、京に来ているのか」勇は目を丸くした。
「局長、明日黒谷に呼ばれてるのはもしかしたらその件かもしれねえぞ」歳三が眉間に皺を寄せた。
「うん、そうかもしれないなあ。山南さん、明日は一緒に来てください」
「かしこまりました」
「それにしたって、見廻り組たあ捻りも何もあったもんじゃねえな。後から来たくせにでかい顔されるのは気に食わねえ」
「ふふっ、歳三もそう思うか」さくらはおかしくなって笑みを浮かべた。その時、「島崎さん、いらっしゃいますか」と声がした。斎藤である。
「おお、斎藤君か。入りなさい」勇が返事をすると、襖がカラリと開いて斎藤が顔を出した。
「こちらにいると伺ったもので。局長、副長にもぜひお聞きいただきたく」
「広戸のことだな?」さくらは身を乗り出した。
「はい、そのことなのですが……あの者、長州藩邸から出てきた人物と落ち合った後、木屋町の方に向かっていきました。狭い路地に入ったためそれより先は追えませんでしたが……ひとつ気になることが」
「なんだ」
「あの者は、『桂さん』と呼ばれていました。本当に、島崎さんのいう『広戸』という人物と同じ男なのでしょうか」
 そうに決まっている、しかと顔を見たのだから、とさくらは言いかけたが、俄に自信がなくなってきた。島原で彼と会話したのは四半時にも満たない時間であるし、往来で見かけたのはほんの一瞬の出来事。見間違いという可能性も否定できない。しかし、とさくらは思い立った。
「木屋町に消えたと言ったな。私が応対した時、広戸も木屋町の近くに住んでいると言った」
「変名を使っている可能性もあるな。もう少し調べた方がいいだろう」歳三が斎藤とさくらを交互に見ながら言った。あとを継ぐように、山南も持論を述べた。
「桂というと、恐らく長州の尊攘派の中でも力を持っていると言われる桂小五郎でしょう。木屋町周辺をうろうろしているとは、灯台もと暗し、長州藩邸の目と鼻の先で何か動いているということでしょうね」
「よし、木屋町周辺を重点的にあたるぞ。もちろん、気取られぬようにな。島崎、斎藤、まずはお手柄だ」歳三が嬉しそうに膝を叩いた。
 さくらと斎藤は、念のためもう一度顔を確認しようと翌日から再び河原町や木屋町の周辺をうろついていた。数日後、ようやくそれと思しき人物を見つけた。
「あれだ。斎藤、間違いないか」最初に気づいたさくらが、路地の影から男の姿を凝視しながら声をかけた。
「ええ、やはりあの時尾けた男と同じです」
 齋藤に尾行を任せると、さくらは近くに潜んでいる山崎と島田を呼び寄せた。顔を覚えさせるためだ。
「あれが、桂ですか」
「なんや意外と優男みたいな顔しよりますな」
「顔は覚えたな?これからは、桂の行動に注視しろ」
 さくらの指示に、島田はすんなり承知、と答えたが、山崎は「言われんでも」と天邪鬼な返事をした。さくらはピクリと青筋を立てながらも「では、後は任せたぞ」と言ってその場は解散となった。

 長州の動きばかり気にしていた新選組であったが、土佐藩の望月や北添といった人物が接触していた広戸が、桂小五郎ということになれば、土佐の人間も目をつけなければという話になってきた。
 事実、長州の浪士と一緒に捕縛された人間の中には土佐の出、また肥後の出だという者もあった。土佐も肥後も、藩の姿勢は公武合体を是としているが、一部過激な尊攘思想を持つ者たちもいて、脱藩して急速に長州と近づいているという話もある。
「肥後や土佐みてえな、比較的でかい顔できるやつの後ろに隠れて、何か企んでるんじゃねえか」歳三はそんな見立てをさくら達に漏らしていた。

 そんな中、捕縛した浪士がもたらした情報から、さくら達諸士調役が目をつけたのは、西木屋町にある薪炭商の桝屋という店だった。






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