浅葱色の桜

初音

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思わぬ再会➀

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 元治元(一八六四)年五月

 さくらは諸士調役の仕事も通常の巡察も並行して行うようになっていた。なにしろ島原から戻ると、新選組の実働部隊は大きくその人員を減らしていたのだ。
 梅雨明けの蒸し暑さから、体調を崩す人間が多かった。一時期は副長助勤がそれぞれ平隊士を率いて巡察、捕り物をするという統制の取れた組織として機能していたが、今や役職問わずすべてをしなければ追いつかなかった。山崎や川島といった一部の諸士調役隊士はそのまま任務に専念したが、さくらや島田などは他の助勤に混じって仕事をすることが増えた。

 そんな新選組の人数に反比例するように、不逞の輩が増えていた。
 さくらが島原で見聞きした話――長州の人間が、俄かに増えているという噂――は、単なる噂ではなく事実であったようだ。強請りたかりの被害に合ったという店で捉えた浪士も、ボヤ騒ぎがあって駆けつけた時に近くにいた浪士も、皆隠す気などない長州の言葉を話していた。何かがある、と踏んださくら達は、初心に帰らんとばかりに、長州藩邸の近辺を重点的に調べることにした。

 余談だが、この段になると、新選組だと気づかれて逃げられないように昨年作った浅葱色の羽織は封印していた。抜き打ちでいろいろなことを調べるのに、あの羽織は目立ち過ぎる。それに、なんとなく「芹沢時代の遺物」という感じがして、特にさくらや斎藤、源三郎ら暗殺計画に加担した面々は堂々と着て歩くのに抵抗を感じていた。そうして、皆なんとなく黒っぽい地味な恰好で巡察をするようになった。

 閑話休題。ある時、さくらは見覚えのある顔を見つけた。すぐに一緒に巡察をしていた斎藤に小声で声をかける。
「あの男、広戸と名乗っていた男で、土佐とも繋がりのある男だ。なぜ長州藩邸の方から歩いてきたのだろう。すまぬが私は顔が割れている。後を頼めるか」
 斎藤は承知、と頷くと、平隊士数名を伴って広戸と思しき男の後を尾けていった。

 斎藤と分かれたさくらの側についてきたのは、剣の腕にはまだ心配の残る谷千三郎改め周平や、人手不足だからと久々に外回りに駆り出された勘定方の河合ら、少々頼りない面々だった。
 大きな仕事ではなかったが、連続して強盗が入ったという情報があったので、その手掛かりおよび犯人を捜す。しかし、その途中である意味強盗犯よりも厄介な人間に遭遇してしまった。
「島崎先生、あれは何でしょう」周平が声をかけてきた。さくらも周平が指し示す方に気づいており、足を止めた。
 前方から、男の集団が近づいてきていた。全員綺麗に月代を入れており、二本差しで肩をいからせ往来を闊歩している。
「不逞の輩でないことは確かだろう。悪さをしようとしているなら、あれは目立ちすぎる」
 とは言え、いざとなったら抜けるようにと小声で指示を出すと、さくらは何食わぬ顔で歩みを再開した。向こうも道を譲る気はないらしく、道のど真ん中を歩いてくる。やがて、お互いにかち合い、立ち止まった。
「あっ」
 先頭を歩いていた男と、さくらは同時に声を上げた。
「佐々木殿ではございませんか!」
「お主は確か島崎とかいうおな……」
「その節はお世話になりました!」さくらは遮るように言った。積極的に隠しているわけではないが、やはり町中で堂々と「おなご」と言われるのは憚られる。
 佐々木只三郎。浪士組結成時に、女であるさくらを江戸に帰すと息巻いていたあの幕臣だった。佐々木らが江戸に戻る時、さくら達京都残留組は指示されていた清川八郎暗殺を仕損じていたので険悪な空気の中別れたが、そんなことはすっかり忘れたと言わんばかりにさくらは会話を続けた。
「江戸にお戻りになられたのでは。何故このようなところで」
「聞いておらぬのか。幕府の肝いりで、見廻り組が結成されたのだ。私はその組頭を務めている。そなたらこそ、まだ会津藩預かりの浪士組なんてやっているのか」
「おや、聞いておりませんか。今は新選組と名も変え、隊士も増え市中警護の任務に邁進しております」
「新選組……か。あの芹沢という男は、死んだそうだな」
 さくらは一瞬だけギクリとして変な間を作ってしまった。まさか、私が殺しましたとは言えない。
「なんだ、ご存じなのではないですか」取り繕うように、鼻で笑った。佐々木はそんなさくらの様子は気にしていないのか、「とにかく」と話題を変えた。続く内容はさくら達新選組にとって聞き捨てならないものだった。
「この二条および御所近辺の区域は今後、我々見廻り組が受け持つ。よってお主らの探索は無用」
 受け持つ、とはどういうことですかとさくらは尋ねた。受け持ちも何も、さくら達は今まで京の町中を縦横無尽に警邏してきたし、大坂も含めて、ほとんど自由に活動してきた。行ってはいけない地域など、制約を受けたことはない。
「このあたりは帝もおわす重要な拠点だ。我々、身元の確かな者が警護するのが相応しい」
「私たちが身元不確かとおっしゃるのですか。確かに様々な出自の者がおりますが、皆公方様や帝のお役に立ちたいという思いは一緒です」
「思いだけではどうにもならぬこともあるのだ。”様々な出自”どころか」ここで佐々木は声を落とした。「性別も様々であるようだしな」
 言い返せないでいるさくらに、佐々木はニヤリと嫌味な笑みを浮かべた。
「相変わらず、肝だけは据わっているようだな。今日のところはとやかく言わぬ。ただし、以降は『持ち場の警護』に専念するように」
 それだけ言うと、佐々木は仲間を連れて颯爽と立ち去ってしまった。
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