浅葱色の桜

初音

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天神・桜木③

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 さくらがもたらした情報をもとに山崎らがさらに調査を進めた結果、京の町にはすでに少なからず長州の人間が潜伏していることが明らかになった。
 それに伴い、およそ二ヶ月弱に及んださくらの潜入生活は、ついに最終日を迎えようとしていた。
 これで役目も終わりか、とさくらが若干気を抜いていたところに事件は起こった。
 明里の部屋に洗濯物を運びに行ったさくらは、「お初はん!」と嬉しそうな明里に手を握られた。
「ど、どうかしたんですか」
「お初はん、舞、やらへん?」
「はい?」
 明里は申し訳なさそうな顔をして自分の足を指した。よく見ると、痛々しく包帯が巻かれている。聞けば、昨日足をくじいてしまい、歩くのには支障はないものの舞を舞うのは難しいという。三日後に宴席で披露する予定だったから、代わりを務めて欲しい、と。
「そんなの、番頭も含めたらおなごは他にもたくさんいるんですし、何もこんな年増にしなくたって」
「平気や。お初はん、そないに年増には見えへん。なあ、頼まれてくれへんやろか。他に舞のできる子はその日みんな出払ってしまうのや」
「だからって、なぜ私が……」
「お初はん、剣術の稽古で型稽古っていうのもやるんやろ?そんな感じでええんや。確かにここにはたくさんおなごがおるけど、体を動かすことに慣れとる子はそうはおらんのや」
 な?と潤んだ目で頼まれてしまっては、今までの恩義もあることだし、とさくらは断れなかった。
「わかりました」
「ほんま?おおきに、お初はん!ほな、早速稽古を」
「ところで、どのくらいの人数が来る宴会なのですか?どこの誰が、どういう趣旨で……」
「それはなあ」
 続く言葉を聞いたさくらは、一転して全力で今の話を固辞した。が、
「おなごに二言はあらへんやろ?」
 と、一蹴されてしまった。ぐうの音も出ない。さくらは「最初で最後ですからね」と念押しして、すぐに舞の稽古に入った。

 かくして、たった三日の突貫稽古でさくらは”天神・桜木”として宴席に出ることになってしまった。動きが硬いとか、おしとやかさがないとか、ぼろくそに言われながら練習したが、一応なんとか形にはなった。言葉も、特定の台詞をいくつか練習し、それだけで押し通す予定だ。

 三日後、さくらは鏡に映る自分を見てぽかんと口を開けていた。
 きらびやかな打掛を身に着け、頭には何本もの簪が刺さっている。濃く塗られたおしろいは、年齢も幾分誤魔化しているようである。
「明里さん、やっぱり無理です……」さくらは小声で話しかけた。
「大丈夫やて。お初はん、三日でようやってくれはったもの。うちもお酌と三味線で一緒にいきよるし、安心しよし」
 そうはいっても、さくらは緊張で吐きそうだった。いつもより頭も体もずっしりと重い。頭では戻りたい戻りたいと思いながらも、足は宴会が行われる大部屋に向かっており、ついにさくらと明里は到着してしまった。
「ほな、いくで。”桜木”はん」
 襖が開かれた。ぽん、ぽん、と鼓の音が聞こえる。
「天神・明里、天神・桜木~」禿の声が聞こえた。ここまで来てようやく引き下がれないと悟ったさくらは、背筋を伸ばして一息ついた。だが次の瞬間つい「わっ」と小さく声が出てしまい、慌てて口を閉じた。

 さくらの視界に飛び込んできたのは勇、歳三、そして山南らが、驚きにあんぐりと口を開けている姿だった。



    
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