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天神・桜木①
しおりを挟む島原に戻ったさくらは情報収集の他に、京ことばの習得にも力を入れ始めた。やはりいつまでも「江戸出身なので」と避けているわけにもいかない。幸い抑揚や言葉遣いが違っていれば、明里や周りの女中が指摘してくれたので、付け焼刃の京ことばもだいぶ様になってきた。今後町中で探索をする時も役立ちそうだ。
そうして慌ただしく過ごしているうちに季節が変わってしまった。初夏と呼べる時期も終わりに差し掛かり、今日明日にでも梅雨入りしそうな空気が町を覆い尽くしている。
さくらは相変わらず明里や他の遊女について宴席での給仕をしつつ聞き耳を立てて情報を得ていたが、意外な情報源がもう一つあった。
「なんや知らんけど、最近ガラの悪いお客さん増えてへんか?」
「うちも思うとったわあ。せやけど羽振りはええんよね。どこのお国の人やろか」
「あれ知らへんのん?長州はんやて」
台所で酒や料理を用意している女中仲間の会話である。これが案外役に立つ。もちろん、噂に過ぎないような話もあったが、真偽はともかくさくらはすべて書き留め、歳三に報告していた。あとは実際に巡察に出る他の副長助勤たちが裏付け調査をしてくれる。
「どうして増えとるんやろか?」さくらは鍋で煮えている野菜の様子を見ながら、何気なさを装って会話に入り込んだ。はっきりと「長州」の言葉が出てきたのだ。さくらの耳が大きくなったのは言うまでもない。
長州を見たら泥棒と思え、という程に、彼らの立場は悪かった。とは言え、長州藩邸は未だ河原町に存在していたし、過激派ではない単なる連絡役程度の長州藩士は京都への滞在も目を瞑られていた。つまり、さくらはその会話の中の「長州者」が無害な者かどうかを見極める必要があった。
「理由はわからんけど、西国のお国言葉が強う方が増えとるのは確かやね」女中の一人が言った。
「そやけど、長州の人はこんなところで遊んでる場合やないんと違うの」
しつこく聞くのは御法度。さくらは素朴な疑問、といった調子で話を掘り下げようと試みたが、それ以上興味深い話は聞けなかった。
「お初、そないなことより、もう行かなあかんのやない?明里はんのお支度あるんやろ。お料理の方はこっちゃで見とくし、行きなはれ」
最年長の女中頭に言われ、さくらは「はい」と返事をすると明里の部屋へ向かった。
さくらが木津屋で請け負った仕事は、給仕だけではなかった。
「はい、できましたえ。綺麗です」
さくらは明里の背後に回って衣紋を整えてやった。遊女の身の回りの世話は禿が行うものだが、背の小さな彼女たちは着付けの手伝いはできない。明里は立ち上がった時の着こなしを確認したいからと、仕上げを女中に頼むことが多かった。当然、さくらも何度か頼まれた。
「おおきに、お初はん。舞をするにはきちんと帯締めていかな。助かりましたわ」
「頑張って……じゃない、お気張りやす。今日はお馴染みさんのところですか?」
「へえ。ご贔屓にしてもろとります」
明里は、わずかに顔を赤らめた。それが頬紅のせいではないことを、この頃にはもうさくらは知っていた。
「明里さんは、そのお馴染みさんのことを好いているのですか」
「そうやね。うちはお客はんのことはみぃんな好きやさかい……そや。お初はんは?」
「な、何がですか?」
「男所帯の新選組におるんやろ?いい仲の人とかおらへんの?」
「特にそんな人間は……」
「うそ」
明里は、いたずらっぽく笑った。
「好いたお人でもおらんかったら、女子が新選組でやっていくなんて、うちだったらとても無理やわ」
えっ、と二の句を継げないさくらをよそに、ちょうど明里は禿たちに呼ばれて部屋を出ていってしまった。
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