浅葱色の桜

初音

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跡を継ぐもの②

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 食事時を外れた台所は、誰もおらずひっそりとしていた。さくらはぼんやりと考えながら、しかし手はてきぱきと動かして土瓶を火にかけた。
 ――もうとっくに、近藤家の主は勇なのだ。本来、私が養子の問題に口出しできる立場ではない。だがそれでも、勇は、私に一言言ってくれた。私を、近藤家の身内として……
 父・周斎の顔が思い浮かんだ。病がちで臥せっているという。今すぐ命がどうこうというわけではないらしいが、歳も歳だしどうなるかわからない。
 ――父上、どうしましょう。私は、どこに向かっているのでしょう。
 島崎姓を名乗り、跡継ぎの心配もせず、新選組という場で男なのか女なのかよくわからない立ち位置で剣を奮っている自分は、随分遠くまで、近藤家の蚊帳の外まで、来てしまったような気がした。だが、普通に考えて自分が子供を産まない以上、結局勇の子供が跡を継ぐことになるわけで。それが、養子か実子かの違いというだけだ。
 ――総司は?
 総司は、どう思うのだろう。自分よりも、さくらが相応しいと言ってくれた。それなのに、ぽっと出の谷千三郎がその座に納まると知ったら。
 さくらは、お盆に土瓶を乗せ、少し迷ったが、空の湯飲みを三つ乗せて台所を出た。

 総司の部屋の前を通ると襖が開け放されていて、中で総司が一人で刀の手入れをしていた。ちょうどいいとばかりにさくらは声をかけた。
「姉先生、戻ってたんですか」総司は屈託のない顔で笑った。さくらが「入っていいか?」と尋ねると、総司はどうぞどうぞと言うので中に入って座った。
「総司。勇から聞いたか。その――お前を養子にしたいという話」谷千三郎の名は出さずに、どこまで話せるだろうかと思いながらも、さくらは切り出した。
「ああ、その話ですか。お断りしましたよ。だって姉先生が適任ですから」
「それは知っている。だが、私は勇の姉だ。あやつの次の代として生きていくことはできぬ。それに――」さくらはなんとなく総司の刀に遣っていた視線を、総司の顔に向けた。
「お前たちと共に戦い、新選組の一員として京の町の人たちや公方様をお守りしたい」
 口にすると、その思いは、決意は、さくらの中にすとんと収まるような心地がした。
「だから、それを踏まえて、もう一度考えないか?」
「二言はありませんよ。それを聞いて『じゃあやっぱり』なんてカッコ悪いじゃないですか」
「で、では……私でも総司でもない誰かが、近藤家の養子になるとしたら?」
「近藤先生が決められたのなら、私がとやかく言う筋合いはありませんよ」総司は柔らかく微笑んだが、一瞬その目から笑いが消えた。その次の総司の台詞を聞いて、さくらはニヤリと笑った。
「よし、行くぞ総司。勇のところへだ」
「え、ちょっと、何かあったんですか?」
 さくらがすっくと立ちあがると、総司は慌てて刀を鞘にしまって付いてきた。

 さくらは勇の部屋の前に到着すると、「入るぞ」という声をかけるやいなや襖を勢いよく開けた。
「なんだ、時間かかったな。って、総司?どうした」
「さあ。島崎先生に連れてこられただけで」
「勇。先ほどの話は、総司も聞くべき話だと思う。独断ですまぬが、連れてきた」
 さくらはお盆を置くと湯飲みにお茶を入れ始めた。それぞれを手渡したが、勇はきょとんとした顔でさくらを見つめるだけだった。
「なんだ。さっき私に話したことをそのまま総司に話せばよい」
「え、ああ、そうだな」
 さくらがずずっとお茶を飲んでいる間に、勇は総司に話して聞かせた。養子として、谷千三郎を考えていると。総司は驚いたような表情を見せたものの、黙って話を聞いていた。
 話が終わると、さくらが口を開いた。
「勇。近藤家の主はお前だ。私も総司も、今や新選組の副長助勤として公方様や会津公のお役に立つことを務めとしている。勇が決める跡継ぎに、とやかくは言わぬ。だが」
 さくらは、勇の目を真っすぐに見た。
「近藤家の名に泥を塗るようなことをしたら、私か総司が、斬ってしまうかもしれぬ。そのこと、肝に銘じておけ」

 総司が、先刻さくらにこう言ったのだった。
『近藤家の恥となるようなことをしたら、斬ってしまうかもしれません。いいですよね?私は十年以上近藤家を見てきたんですから』

 勇は、さくらの目を見ると、「うむ。わかった」と頷いた。
「さくら、総司も、ありがとう。早速、本人にも話してみようと思う」
「それと、私からは頼みがある」
「頼み?」
「勇の息子にするのは勝手だが、私が私の甥として認めるのはやつの人となりをこの目で見極めてからにしたい」

 それは、ほんの少しのさくらの意地だった。
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