浅葱色の桜

初音

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潜入!島原遊郭⑤

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 そうして三日後。
 ずっと女装仕様に結い上げていた髪は、ほどくと不自然なうねりがついてしまって、なんとか男髷を作ろうとしても、長すぎてできなかった。仕方なく、何カ所かで縛ってしめ縄のようになった髪を揺らしながらさくらは壬生に帰営した。
 屯所には、すでにさくらの他に島田、山崎、川島が集まっていた。諸士調役は他にも何人かいるが、全員集まるわけにもいかないので少数精鋭が情報を持ち寄ったというわけだ。
 四人は見聞きしたこと、他の諸士調役からことづかっていることを順々に報告した。去年の政変で都を追われたはずの長州の残党がいるらしいと噂を聞いた、新入りの誰々は広島の出身だからもしかしたら長州と通じているかも、いや、広島というだけでそれは……などなど、情報からちょっとした議論へも発展した。
「私はな……」話が一段落したところでさくらは自分の番とばかりに切り出した。
「奇妙な訛りを使う二人組に遭った。~がやき、とか、~ぜよ、とか」
 名前は望月と北添という人間で、神戸の海軍操練所にいたらしい、と、自分で見聞きしたこと、そして後で明里が教えてくれた情報――彼らは入京したばかりで、その理由が脱藩したからだというもの――も付け加えた。さらに、その二人が広戸孝助と名乗る男と何か繋がりがあるらしい、ということも。
「うーん、その訛りは土佐やな」山崎がすぐに答えた。さくらは驚いて山崎の顔を見たが、なんとなく勝ち誇ったような笑みを浮かべていたのでぐぬと唇を噛んで俯いた。
「土佐か……なんとも言えねえな」歳三は眉間に皺を寄せた。土佐藩といえば、激しい内部分裂を起こしていた藩だ。味方となる公武合体派の人間もいれば、警戒が必要な過激尊攘派もいる。
「それに、その広戸という男もなんだかくさい」
「もう少し調べてみる必要がありそうですね」島田が言った。
「島崎先生、流石ですわ。わてらじゃこんなことは掴めへんよって」
「ふん、全うに任務を遂行しただけだ」さくらは淡々と答えた。山崎の言葉を額面通り受け取ることはできなかった。
「とにかく」歳三が、話をまとめんとやや大きな声で言った。
「島崎は引き続き潜入して手がかりを探せ。山崎、島田、川島は市中・大坂を引き続き捜索するように他の奴らにも伝えろ」
「承知」
 全員短く返事をすると、誰一人無駄話などせずさっと部屋を出ていった。

「サク」
 最後に部屋を出ようとしたさくらを、歳三が呼び止めた。
「でかしたな」
「まだ大した話ではないだろう」
「いや、勘だ。何か、ある気がする」
「はは、それは楽しみだ」
「山崎は――」
 歳三は、何かをいいかけてやめた。さくらが「何だ」と促すと、歳三は口を開いた。
「そのうちわかってくれんだろう」
 歳三の言わんとすることを察したさくらは「そうだといいがな」と言って視線を逸らした。さくらと山崎は、表立っていがみ合うようなことはしないものの、一枚壁が間に入っているような、淡々とした関係性だった。もちろん、二人とも私情を挟んで任務に支障をきたすようなことはしないし、必要な連絡はとる。監察の仕事をこなすにあたっては、それがしっかりできていれば十分ともいえるが、さくらとしては少々やりづらいのも本音だった。
「まあ、お前の心配には及ばぬ」さくらは立ち上がって部屋を出ようとした。
「局長が、部屋に来るように言っていた」
 さくらは歳三を見た。「勝っちゃん」ではなく「局長」と言うからには、何か仕事の話であることはわかった。だが歳三も詳細を知らないようだったので、さくらは「わかった」と短く返事をすると勇の部屋へ急いだ。

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