浅葱色の桜

初音

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潜入!島原遊郭②

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 勇は、江戸から届いた手紙を見てため息をついていた。
 送り主は母・キチであった。こちらの息災を気にしているという内容であったが、もう一つ、周斎が病がちで、すっかり元気がない、ということが書いてあった。
 無理もない。
 もともと自分たちは、将軍が江戸に戻る時に一緒に戻る予定だったのだ。それなのに、こちらに来て一年も経って、一度も誰も帰郷していない。
 やんわりとした筆致で書かれてはいたが、手紙からは「いつ帰ってくるんだ」「取り残されたツネとたまが不憫だ」「万が一のことがあったら近藤家はどうなるんだ」というキチの鬼気迫る様子がにじみ出ていた。
 近藤家のこれから――
 この件については、確かに勇も耳が痛かった。何しろ、江戸に残して来たのはまだ幼い一人娘で、さくらのように女だてらに跡を継がせるかどうかもまだわからない。
 勇としても、最近思うことがあった。
 ――おれは、いつ死ぬかわからん。
 実戦重視の天然理心流を稽古してきたが、実際に真剣をもって戦うようになったのはこちらに来てからである。「明日、斬られて死ぬかもしれない」そんな緊張感は、江戸ではないに等しかった。
 跡継ぎが、要るのではないか。すぐにでも近藤の家を継いでくれる誰かが。
 真っ先に思い浮かんだのは、総司の顔だった。
「引き受けてくれるかなあ」
 ぼんやりと呟いたその時、襖の向こうから「近藤先生」と呼ぶ声がした。
「なんだい。開けていいぞ」
 カラリと襖が開くと、一人の若者が現れた。三兄弟で入隊してきた谷家の三男・千三郎だった。
「失礼致します。近藤先生。稽古の時間でございます。皆すでに集まって、先生をお待ち申しております」
「ああ、もうそんな時間か。すぐ行こう」
 勇は慌ただしく手紙をしまい込むと、部屋を出た。
「しかし何だな。こうして一対一の時はいいが、稽古の時に三人揃うとなると、『谷君』では誰を呼んでいるのかわからなくなってしまうよな」
「皆、長兄の三十郎のことは谷さんと呼んでいますが、次兄の万太郎は『谷君』もしくは下の名前で呼んでいます。そして私のことは千三郎と呼ぶ人がほとんどです」
 昔からそうなんです、と谷千三郎は笑った。
「そうか。では、おれも千三郎と呼ぼうかな」
「近藤先生にそう言われると、なんだか恐縮してしまいます」
「恐縮する必要などない。我々は皆同志。便宜上、おれが局長なんて肩書で務めてはいるが、本来そこに上下関係などないのだ。それが新選組だ」
「はいっ!」
 嬉しそうな笑みを浮かべ、千三郎は意気揚々と道場に入っていった。

 ***
「では、谷千三郎君、葛山君」
 勇が呼び掛けると、千三郎と、新入りの葛山武八郎かつらやまぶはちろうが道場の中央に出てきて対峙した。素振り百本やった後の稽古試合とあって、皆肩で息をしながら「(休憩したいがため)自分の番がなるべく後になりますように」と願っていたところだ。一番に呼ばれた二人のうち、葛山は顔をしかめていたが、千三郎は生き生きとした表情で木刀を握った。
「始め!」
 勇の太い声が道場に響くと、先手必勝とばかりに千三郎が動いた。ダンッと大きな音を立て道場の床を踏み込み、真正面から狙っていく。さすがに真正面すぎる攻撃だったので葛山も避けたが、その時に足がもつれて体勢を崩した。すかさず千三郎はそこを狙い、面を打った。
 勇は首を横に振った。狙いは良いが、一本と言うには浅い。
 その様子をちらりと見た千三郎は、小さく頷くと体勢を立て直した。再び両者は対峙し、互いの隙を見極めようと動かなかったが、葛山が焦れた。
「ヤアアーーッ!」
 正面から打とうと向かっていった葛山に、千三郎も向かっていった。胴を狙っている。
 二人の攻撃は、同時に相手に当たったかに見えた。
「一本!千三郎!」

 お辞儀をして、防具を外した千三郎の顔は晴れやかだった。対する葛山はぜえ、はあ、と苦悶の表情を浮かべている。
「なかなかよかったぞ。千三郎君。素振りの直後だと疲れて力を発揮できない者も多いが、君はよくやった」勇は素直に誉め言葉を述べた。
「ありがとうございます。私は、素振りの直後の方が、どうやら勢いを失わずにいられるようです」
 勇は「ほう」と口角を上げた。なかなか良い若者が入ってくれたものだ、と頼もしくなった。
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