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適材適所③
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会合が終了すると、三々五々幹部たちは自室に向かったり道場に向かったりと大部屋を出ていった。
さくらは特にこの後の予定はなかったこともあり、少し躊躇ったが、山南の後を追った。後を追ってどうするか、何と声をかけるか、そこまでは考えていなかった。ただ、現状を打破したいと思った。あの日以来、山南の怪我のことを知って以来、なんとなく気まずくなってしまって、さくらは山南とろくに会話を交わしていなかったのだから。
山南は壬生寺の境内に入っていった。
さくらは結局最後の踏ん切りがつかず、寺の門前で足を止めて中の様子を伺っていたが「島崎先生?」と背後から声をかけられ、「うわあっ」と驚いて振り返った。
そこには、総司が不思議そうな顔をして立っていた。
「どうしたんですか、珍しい」
「め、珍しいも何も、屯所の目の前なんだから別にここにいても不思議ではないだろう」
「まあそれもそうですけど。島崎先生、たまには一緒にどうですか?」
「何を」
「近所の子供たちと遊ぶ約束をしてるんです。山南さんも一緒に」
「や、山南さんも?」
「そうですよ~。こう見えて、私たち人気者なんです」
確かに、鬼だの狼だのと噂されていても近所の人から新選組が辛うじて受け入れられているのは「全員が全員悪い人ではない」と思ってもらえているからで、山南や総司はその「悪い人ではない」の筆頭だった。
ささっ、とさくらを促し、総司は境内に入っていった。さくらはなんだか体の力が抜け、たらたらと総司についていった。
山南はすでにそこにおり、本堂の階段に腰掛けて集まっていた子供たちと何かを話していた。
「おやさくらさん、珍しいですね」山南は朗らかな笑顔をさくらに向けた。
「ええ、まあ、たまたま通りがかったら総司に誘われて……」
あはは、と気まずさを紛らわすように笑ったさくらだったが、子供たちが「サンナンせんせー、早く遊ぼう」と山南を引っ張るので、話などできる雰囲気ではなかった。ある意味、助かったとさくらは思った。
結局数人の子供たちと大の大人三人が鬼ごっこだのかくれんぼだのと遊んで、最終的には子供たち対総司のチャンバラ合戦という流れになった。さくらと山南は石段に座ってそれを眺め始めた。
さくらは、妙に緊張していた。何か話さねば。だが、自分の発する言葉が、失言となってしまわないかという不安が首をもたげる。だがそうかといって、沈黙も気まずい。
「あの」さくらはとりあえず声をかけた。山南は続く言葉を待っているのか、何も言わない。
「先ほどは、お見事でした。私はやっぱり、新選組が今後どうするのが一番いいか、とか、そういうのを考えるのは難しいと思ってしまうし、少し、怖い、と思ってしまうところもありますから」
そうだ、と、さくらはいつか自分が山南に言われた言葉を思い出した。
『適材適所、それぞれが得意なことを生かして任務を全うすることで、新選組はより強固に、大きくなっていくんじゃないでしょうか』
「山南さんは、やはり新選組にはなくてはならない方です。腕の怪我のことがあっても、山南さんは山南さんで、その、適材適所っていうやつです。私は……私だけじゃない、勇も、歳三も、総司も平助もみんな、山南さんを尊敬しているし、必要としています。だから――」
「ありがとうございます」山南がそう遮った。その表情は、さくらが大好きなあの穏やかな笑顔だった。
「私は、情けないですね。さくらさんにも、近藤先生たちにも、心配をかけて」
「な、情けないなどとんでもない!それに、心配、させてください。私たちみんな山南さんのことは大切な仲間だと思っているし、だ、大好きなわけで……!」
山南は、可笑しそうにクスリと笑うと、「ありがとうございます」ともう一度礼を述べた。
「この前は、大人気ない態度を取ってしまって申し訳ありませんでした」
「そんな、滅相もない。私の方こそ……」
「さくらさん」
「は、はい」
「これからも、よろしくお願いしますね。共に天子様、公方様のために戦って、あの子たちが大人になる頃には泰平の世が戻ってくるように」
山南はそう言って、総司たちの方を見つめた。視線に気づいたのか、総司がこちらを見、「山南さん、島崎先生、みんな強いですよ!交代しませんか?」と声をかけた。
さくらが山南を見ると、「行ってください」とばかりに頷いたので、さくらは「よーし、お前ら全員覚悟しろよー!」と輪の中に入っていった。
この後、新選組は嘆願書を提出し、引き続き容保の配下として、必要とあらば長州へ出陣することも辞さないと表明した。そして、その嘆願書は無事に受理され、体調を崩していた松平容保をいたく感激させたという。もっとも、この長州征伐の話自体は頓挫し、容保も京都守護職に復帰することになって新選組の立場はもとに戻るのだが、この一件で新選組と会津藩の繋がりはより強固なものとなったのである。
新選組は与えられた任務をまっとうするべく人集めに奔走し、稽古に明け暮れ、忙しい日々を送っていた。そんな中、さくらの新たな任務が決まった。
さくらは特にこの後の予定はなかったこともあり、少し躊躇ったが、山南の後を追った。後を追ってどうするか、何と声をかけるか、そこまでは考えていなかった。ただ、現状を打破したいと思った。あの日以来、山南の怪我のことを知って以来、なんとなく気まずくなってしまって、さくらは山南とろくに会話を交わしていなかったのだから。
山南は壬生寺の境内に入っていった。
さくらは結局最後の踏ん切りがつかず、寺の門前で足を止めて中の様子を伺っていたが「島崎先生?」と背後から声をかけられ、「うわあっ」と驚いて振り返った。
そこには、総司が不思議そうな顔をして立っていた。
「どうしたんですか、珍しい」
「め、珍しいも何も、屯所の目の前なんだから別にここにいても不思議ではないだろう」
「まあそれもそうですけど。島崎先生、たまには一緒にどうですか?」
「何を」
「近所の子供たちと遊ぶ約束をしてるんです。山南さんも一緒に」
「や、山南さんも?」
「そうですよ~。こう見えて、私たち人気者なんです」
確かに、鬼だの狼だのと噂されていても近所の人から新選組が辛うじて受け入れられているのは「全員が全員悪い人ではない」と思ってもらえているからで、山南や総司はその「悪い人ではない」の筆頭だった。
ささっ、とさくらを促し、総司は境内に入っていった。さくらはなんだか体の力が抜け、たらたらと総司についていった。
山南はすでにそこにおり、本堂の階段に腰掛けて集まっていた子供たちと何かを話していた。
「おやさくらさん、珍しいですね」山南は朗らかな笑顔をさくらに向けた。
「ええ、まあ、たまたま通りがかったら総司に誘われて……」
あはは、と気まずさを紛らわすように笑ったさくらだったが、子供たちが「サンナンせんせー、早く遊ぼう」と山南を引っ張るので、話などできる雰囲気ではなかった。ある意味、助かったとさくらは思った。
結局数人の子供たちと大の大人三人が鬼ごっこだのかくれんぼだのと遊んで、最終的には子供たち対総司のチャンバラ合戦という流れになった。さくらと山南は石段に座ってそれを眺め始めた。
さくらは、妙に緊張していた。何か話さねば。だが、自分の発する言葉が、失言となってしまわないかという不安が首をもたげる。だがそうかといって、沈黙も気まずい。
「あの」さくらはとりあえず声をかけた。山南は続く言葉を待っているのか、何も言わない。
「先ほどは、お見事でした。私はやっぱり、新選組が今後どうするのが一番いいか、とか、そういうのを考えるのは難しいと思ってしまうし、少し、怖い、と思ってしまうところもありますから」
そうだ、と、さくらはいつか自分が山南に言われた言葉を思い出した。
『適材適所、それぞれが得意なことを生かして任務を全うすることで、新選組はより強固に、大きくなっていくんじゃないでしょうか』
「山南さんは、やはり新選組にはなくてはならない方です。腕の怪我のことがあっても、山南さんは山南さんで、その、適材適所っていうやつです。私は……私だけじゃない、勇も、歳三も、総司も平助もみんな、山南さんを尊敬しているし、必要としています。だから――」
「ありがとうございます」山南がそう遮った。その表情は、さくらが大好きなあの穏やかな笑顔だった。
「私は、情けないですね。さくらさんにも、近藤先生たちにも、心配をかけて」
「な、情けないなどとんでもない!それに、心配、させてください。私たちみんな山南さんのことは大切な仲間だと思っているし、だ、大好きなわけで……!」
山南は、可笑しそうにクスリと笑うと、「ありがとうございます」ともう一度礼を述べた。
「この前は、大人気ない態度を取ってしまって申し訳ありませんでした」
「そんな、滅相もない。私の方こそ……」
「さくらさん」
「は、はい」
「これからも、よろしくお願いしますね。共に天子様、公方様のために戦って、あの子たちが大人になる頃には泰平の世が戻ってくるように」
山南はそう言って、総司たちの方を見つめた。視線に気づいたのか、総司がこちらを見、「山南さん、島崎先生、みんな強いですよ!交代しませんか?」と声をかけた。
さくらが山南を見ると、「行ってください」とばかりに頷いたので、さくらは「よーし、お前ら全員覚悟しろよー!」と輪の中に入っていった。
この後、新選組は嘆願書を提出し、引き続き容保の配下として、必要とあらば長州へ出陣することも辞さないと表明した。そして、その嘆願書は無事に受理され、体調を崩していた松平容保をいたく感激させたという。もっとも、この長州征伐の話自体は頓挫し、容保も京都守護職に復帰することになって新選組の立場はもとに戻るのだが、この一件で新選組と会津藩の繋がりはより強固なものとなったのである。
新選組は与えられた任務をまっとうするべく人集めに奔走し、稽古に明け暮れ、忙しい日々を送っていた。そんな中、さくらの新たな任務が決まった。
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