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適材適所②
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この頃、新選組はひとつの岐路に立たされていた。
新選組のいわば上司にあたる会津藩主・松平容保が、「京都守護職」ではなく「陸軍総裁職」に任命されたのである。つまるところ、幕府が計画していた本格的な長州征伐の指揮官というわけだ。幕府は前年の八月十八日の政変で都を追われた長州藩に対し、その反抗の芽を根こそぎ刈り取ろうとしたのだろう。
そして、代わりに京都守護職に任命されたのが、福井藩の前藩主・松平春嶽であった。新選組は「京都の治安維持を担う組織」という立ち位置は変わらないため、今度はこの松平春嶽のもとにつくように、と沙汰を受けたのである。
新選組としてはお上の命とあらば、と素直に従うのが筋であるが、彼らにも気持ちというものがある。特に勇は、すぐに首を縦に振ることができず、副長助勤を集めて意見を求めた。
副長助勤を集める、というと、今までは試衛館の面々に斎藤や島田を足した程度であったが、腕前や能力、また働きを認められた面々が助勤に起用されており、全員集まれば今や結構な大所帯であった。
勇はずらりと並んだ面々を見回し、「此度のお沙汰についてどう思うか、皆の意見が聞きたい」と告げた。
「それはもちろん、従うべきでしょう。我ら、京都の治安維持を担うために集まったのですぞ」
こう発言したのは武田観柳斉。甲州流軍学、すなわち武田信玄の戦い方を源流とする軍学を修めたという。増えゆく新選組隊士を体系的にまとめるにあたって、重宝する知識を持った男だった。
「うむ、やはりそう思うか」
勇はそう答えたが、腑に落ちない様子である。もちろん、それは正論だが、それを決断できないからこうして人を集めているのだ。そんな勇の気持ちがわかる者たちは、苦々しげに武田を見たが、武田は気づいていないようである。
「会津様には恩義がある。何物でもない私たちを拾ってくださった。ここで袂を分かつのは何か違うと思います」
新八の発言はまさに勇の心情を代弁するものであり、主に古参の面々がうんうんと頷いた。
「そうですよ。それに、私たちって、京都の治安維持のために活動しているっていうのもありますけど、もともと攘夷が本懐でしょう?それだったら、長州征伐に加わった方がいいんじゃないですか?」
全員が、えっ、と驚いた顔を浮かべた。それもそのはず、この発言の主が総司だったのである。今まで、「難しい話はお任せしますよ」といった態度であったのに、その「難しい話」に乗って自分の意見を言っているのだ。
「あ、皆さん、私がそんなこと言うなんて、って思ってますね?こう見えても山南さんの一番弟子ですから」
いささか驚いたのはさくらだけではなかったようだ。得意げな表情を浮かべる総司から、今度は全員の視線が山南に向かった。山南はまあまあ、と手ぶりで皆の視線を逸らそうとした。だが、その顔には少し嬉しそうな笑みが浮かんでいる。
「お前は近藤さんの弟子じゃねえのかよ」
歳三が真っ当な突っ込みを入れた。
「もちろん、近藤先生の弟子でもあり、島崎先生の弟子でもあり。で、山南先生の弟子でもあるんです」
「ってえことはなんだ、サンナン先生の入れ知恵か」
「入れ知恵だっていいじゃないですか」
「やめなさい、二人とも」
歳三と総司の果てしない言い合いに発展しそうだったのを、さくらが止めた。
勇がコホンと咳払いをし、「他に意見は」と声をかけた。これまた比較的最近副長助勤となった谷三十郎が、「恐れながら」ともったいぶった調子で話し始めた。
その間に、さくらは隣に座っていた平助にコソコソと話しかけた。
「総司のやつ、いつの間に」
「僕たち、山南さんたちのはす向かいの部屋でしょう。だからお見舞いに行ってるうちに、いろいろ話を聞くようになって。総司は一番弟子なんて言ってますけど、一番は僕ですよ」
「順番はなんでもいい」
「私語は慎みたまえ」
歳三が得意げな笑みを浮かべ、偉そうな口調で言った。さくらは先ほどの仕返しをされたのだとすぐにわかり、ぐっと歳三を睨んで黙り込んだ。
総司に先を越された、という大人気ない感情が芽生えた。
山南の心を救い、あの何気ない微笑みを引き出すのは自分の役目だと勝手に思っていたが、よく考えれば、否、よく考えなくても総司や平助だって山南を兄のように慕っているわけだし、さくらの出る幕ではなかった。最近は何となく山南への気まずさとか、ギクシャクした気持ちが邪魔をして、総司たちのように無邪気に部屋に押しかけるなど、できない芸当だった。
山南のことでもやとやと考えているうちに、いつの間にか谷の話は終わっていた。内容としては、大筋で武田の意見に賛同するものだったが、さくらはぼんやりとしか聞いていなかったので、細かい点では谷なりの持論があるのかもしれない。
――しっかりせねば。こんな調子では、「これだから女子は」と言われても仕方がない。
「うむ」
勇は難しそうな顔をして考え込んだ。
「山南さん、どう思いますか。沖田の発言はあくまで借り物。あなたの口から聞いてみたい」
借り物ってひどいですよ、とふてくされる総司に微笑ましげな視線を投げると、山南は「僭越ながら」と切り出した。
「我々の本懐は、公武合体の上での攘夷。その点は変わりません。そういう意味では、春嶽公に付いて京都の治安を守り続けることも遠からず本懐を遂げることへの一助になるでしょう。しかし、攘夷を成し遂げるためにより近道をするとすれば、容保公に従い、共に長州へと打って出ることだと考えます。それに、恩義ある容保公に従うことこそが、法度に掲げられている”士道”に従うことになるのではないでしょうか」
勇は大きく、満足げに頷いた。山南の迷いのない意見表明に、いたく感服しているようだった。
「さすがは山南さんだ。やはり、そうですよね。我々は容保公への恩義を忘れてはいけない。早速、嘆願書を書こう」
この頃、新選組はひとつの岐路に立たされていた。
新選組のいわば上司にあたる会津藩主・松平容保が、「京都守護職」ではなく「陸軍総裁職」に任命されたのである。つまるところ、幕府が計画していた本格的な長州征伐の指揮官というわけだ。幕府は前年の八月十八日の政変で都を追われた長州藩に対し、その反抗の芽を根こそぎ刈り取ろうとしたのだろう。
そして、代わりに京都守護職に任命されたのが、福井藩の前藩主・松平春嶽であった。新選組は「京都の治安維持を担う組織」という立ち位置は変わらないため、今度はこの松平春嶽のもとにつくように、と沙汰を受けたのである。
新選組としてはお上の命とあらば、と素直に従うのが筋であるが、彼らにも気持ちというものがある。特に勇は、すぐに首を縦に振ることができず、副長助勤を集めて意見を求めた。
副長助勤を集める、というと、今までは試衛館の面々に斎藤や島田を足した程度であったが、腕前や能力、また働きを認められた面々が助勤に起用されており、全員集まれば今や結構な大所帯であった。
勇はずらりと並んだ面々を見回し、「此度のお沙汰についてどう思うか、皆の意見が聞きたい」と告げた。
「それはもちろん、従うべきでしょう。我ら、京都の治安維持を担うために集まったのですぞ」
こう発言したのは武田観柳斉。甲州流軍学、すなわち武田信玄の戦い方を源流とする軍学を修めたという。増えゆく新選組隊士を体系的にまとめるにあたって、重宝する知識を持った男だった。
「うむ、やはりそう思うか」
勇はそう答えたが、腑に落ちない様子である。もちろん、それは正論だが、それを決断できないからこうして人を集めているのだ。そんな勇の気持ちがわかる者たちは、苦々しげに武田を見たが、武田は気づいていないようである。
「会津様には恩義がある。何物でもない私たちを拾ってくださった。ここで袂を分かつのは何か違うと思います」
新八の発言はまさに勇の心情を代弁するものであり、主に古参の面々がうんうんと頷いた。
「そうですよ。それに、私たちって、京都の治安維持のために活動しているっていうのもありますけど、もともと攘夷が本懐でしょう?それだったら、長州征伐に加わった方がいいんじゃないですか?」
全員が、えっ、と驚いた顔を浮かべた。それもそのはず、この発言の主が総司だったのである。今まで、「難しい話はお任せしますよ」といった態度であったのに、その「難しい話」に乗って自分の意見を言っているのだ。
「あ、皆さん、私がそんなこと言うなんて、って思ってますね?こう見えても山南さんの一番弟子ですから」
いささか驚いたのはさくらだけではなかったようだ。得意げな表情を浮かべる総司から、今度は全員の視線が山南に向かった。山南はまあまあ、と手ぶりで皆の視線を逸らそうとした。だが、その顔には少し嬉しそうな笑みが浮かんでいる。
「お前は近藤さんの弟子じゃねえのかよ」
歳三が真っ当な突っ込みを入れた。
「もちろん、近藤先生の弟子でもあり、島崎先生の弟子でもあり。で、山南先生の弟子でもあるんです」
「ってえことはなんだ、サンナン先生の入れ知恵か」
「入れ知恵だっていいじゃないですか」
「やめなさい、二人とも」
歳三と総司の果てしない言い合いに発展しそうだったのを、さくらが止めた。
勇がコホンと咳払いをし、「他に意見は」と声をかけた。これまた比較的最近副長助勤となった谷三十郎が、「恐れながら」ともったいぶった調子で話し始めた。
その間に、さくらは隣に座っていた平助にコソコソと話しかけた。
「総司のやつ、いつの間に」
「僕たち、山南さんたちのはす向かいの部屋でしょう。だからお見舞いに行ってるうちに、いろいろ話を聞くようになって。総司は一番弟子なんて言ってますけど、一番は僕ですよ」
「順番はなんでもいい」
「私語は慎みたまえ」
歳三が得意げな笑みを浮かべ、偉そうな口調で言った。さくらは先ほどの仕返しをされたのだとすぐにわかり、ぐっと歳三を睨んで黙り込んだ。
総司に先を越された、という大人気ない感情が芽生えた。
山南の心を救い、あの何気ない微笑みを引き出すのは自分の役目だと勝手に思っていたが、よく考えれば、否、よく考えなくても総司や平助だって山南を兄のように慕っているわけだし、さくらの出る幕ではなかった。最近は何となく山南への気まずさとか、ギクシャクした気持ちが邪魔をして、総司たちのように無邪気に部屋に押しかけるなど、できない芸当だった。
山南のことでもやとやと考えているうちに、いつの間にか谷の話は終わっていた。内容としては、大筋で武田の意見に賛同するものだったが、さくらはぼんやりとしか聞いていなかったので、細かい点では谷なりの持論があるのかもしれない。
――しっかりせねば。こんな調子では、「これだから女子は」と言われても仕方がない。
「うむ」
勇は難しそうな顔をして考え込んだ。
「山南さん、どう思いますか。沖田の発言はあくまで借り物。あなたの口から聞いてみたい」
借り物ってひどいですよ、とふてくされる総司に微笑ましげな視線を投げると、山南は「僭越ながら」と切り出した。
「我々の本懐は、公武合体の上での攘夷。その点は変わりません。そういう意味では、春嶽公に付いて京都の治安を守り続けることも遠からず本懐を遂げることへの一助になるでしょう。しかし、攘夷を成し遂げるためにより近道をするとすれば、容保公に従い、共に長州へと打って出ることだと考えます。それに、恩義ある容保公に従うことこそが、法度に掲げられている”士道”に従うことになるのではないでしょうか」
勇は大きく、満足げに頷いた。山南の迷いのない意見表明に、いたく感服しているようだった。
「さすがは山南さんだ。やはり、そうですよね。我々は容保公への恩義を忘れてはいけない。早速、嘆願書を書こう」
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