浅葱色の桜

初音

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適材適所①

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 山南は、人知れずため息をついた。
 大人気ない態度を取ってしまった。勇にも、歳三にも、さくらにも。それは自分でもわかっていた。だが、なんだか妙な意地が邪魔をして、撤回することも謝ることも、まだできないと思った。そんな自分が、心底嫌になった。以前は、こんなことはなかったのに。
 山南が部屋に戻ると、源三郎が「ああお帰りなさい」と朗らかに笑った。
「井上さん、私はまだまだ未熟ですね」山南はポツリと言った。
「何ですか?山南さんまで弱気なことを……」
「まで、とは……?」
「ああ、さっきまでさくらが……いや、あれは弱音というよりは、愚痴か」源三郎はクスリと笑みを漏らした。
「それは失礼。みんなの負の感情を井上さんが受け止めることになってしまう……」
「いやいや、私は全く構いませんよ」
 年の功だろうか。源三郎にはなんでもさらけ出せるような気がしてしまうから不思議だ。さて、何をどう話したものか、否、話さないべきかと山南が考えあぐねていると、
「サンナンさんっ!!」
 大声と共に障子が開いた。縁側には左之助が仁王立ちしていた。その左右では息を切らせた新八と平助が必死で左之助の着物の袖を引っ張って制止している。
「水くせえじゃねえか!腕のこと、黙ってるなんてよお!」
 山南は「言ってしまったのか」と新八を見たが新八が首をぶんぶんと振ったのでそうではないらしいと悟った。
「左之助、山南さんは俺たちに心配かけないようにだな」
「それが水くせえって言ってんだよ、なあ平助?」
「それは、僕も思わないでもないですけど、こんな殴り込みみたいなことしなくたって……」
「みんな、気づいてしまったのか」山南は落胆の色を浮かべた。
「僕を甘く見ないでくださいよ。なんたって同門ですからね。山南さんの太刀筋が変わったなーっていうのには気づいてましたよ」
「そうか。それは却って余計な気を使わせてしまって申し訳なかった。まったく隊務ができないわけではないから、これからもよろしく頼むよ」
「そういうわけだ、サンナンさん!今から島原行くぞ!」
「は、原田くん、今の話の流れでどうしてそうなる……?」
「左之助さんは、最初からこれが目的だったんですよ」平助がけろりとして言った。
「こいつなりに、山南さんを励まそうとしてるんですよ。よろしければ、一軒だけ。私たちでおごりますから」新八が援護射撃を打った。
 山南はちらりと源三郎を見た。
「行っておいでなさいな。私はまだ少しやることがあるから、遠慮しておきます」
「なんだよ源さん、付き合い悪いな」
「あまり大勢で屯所を空けるわけにもいかないだろう」
 結局源三郎も背中を押す形で、山南は新八、左之助、平助と連れ立って島原へと向かった。

 四人は小規模な揚屋に入った。山南は固辞したが、左之助がさっさと馴染みの置屋に言づけて芸妓たちを呼び寄せてしまった。
「随分慣れているな……」頻繁には出入りしない山南は、左之助のてきぱきとした采配に目を丸くした。
「山南さんと左之助さんを足して二で割ればちょうどいいでしょうね。僕も最近ようやく馴染みができてきたところですけど、左之助さんはもう二、三人」平助が楽しそうに言った。
「そ、そんなにか……」
「山南さんも、少しは羽を伸ばした方がいいですよ」
 山南の脳裏に、昼間のさくらの顔がよぎった。唖然とした、絶望したような顔だった。
 ――さくらさんは、どうやって”羽を伸ばして”いるのだろう。
 そんなことを思ったが、まもなく女たちがやってきて、山南はそちらに気を取られた。
「初めまして。あんまり見いひん顔どすなぁ。明里あけさと、いいます。どうぞよろしゅうご贔屓に」
 明里と名乗った女は半ば強引に山南に杯を勧め、とくとくと軽快な音を立てて酒を注ぎ始めた。
 今はこちらに集中しよう、と、山南は杯に視線を向けた。揚屋で酒を飲もうというのに「集中」というのもおかしな話だと気づき、わずかに笑みがこぼれた。
「どないしはったん……?」
「え、ああ、いや、今夜は愉しい酒宴になりそうだと思いましてね」
「うふふ、それならうちもうれしゅうおすわ」
 明里は柔らかい笑みを浮かべた。山南はつられるように微笑み、礼を言ってから杯に口をつけた。

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