浅葱色の桜

初音

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見えない気持ち①

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 数日後発表された法度の内容には、勇、歳三を除くすべての隊士がどよめいた。 
 もちろんそれは、結果的に事後報告をされた試衛館以来の同志の間でも例外ではなく。実際、「近藤先生がいいと言うなら」と反論なく首を縦に振ったのは総司と源三郎だけだった。
 それ以外の面々は、勇の部屋に押しかけ、口々に詰め寄った。「お前も行くぞ」と左之助に連れられた斎藤もその場にいたが、様子を静観するに留まっていた。
「切腹はやりすぎじゃないですか?びびった隊士たちが脱走して切腹して、それを見てさらに脱走して、なんてことになったら悪循環。せっかく集まったのに人数減っちゃいますよ?」平助が言った。
「びびるようならそれまでのやつらってこった。だいたい、脱走して切腹する隊士を目の当たりにしたら、自分は脱走すまいと思うのが普通だろう」歳三が答えた。
「ということは、徹底して脱走隊士を捕まえるということですか。そこに労力を割いている場合なのですか?」と新八。
「必要な労力だ。もちろん、人員を割く。そも、なんだってお前ら隊士らが脱走する前提で話してんだ」
「えー?じゃあ、あんな厳しい法度、みんなが守ると思ってるのかよ」左之助はあぐらを掻いた足元を所在なげに弄っている。
「守らせる。切腹は脅し文句だ。今まで通り普通に隊務に励んでいれば切腹になることはない。それだけのことだ」
 平助、新八、左之助の三人は「そんなもんかなあ」とぶつぶつ言いながらも最終的には諦めたのか、受け入れたのか、歳三の頑とした態度に折れた。しかし、別の意味で怒りを露わにしていたのが、さくらと、山南であった。
「歳三」
 さくらがずい、と前に出た。
「そういう大事な話を、なぜ二人で勝手に決めてしまうのだ。せめて、せめて山南さんをその話し合いの場になぜ入れぬ。お前と同じ副長なのだぞ」
 山南は何も言わなかったが、醸し出す空気からさくらの台詞と同じことを思っているであろうことは、誰の目にも明らかであった。その目は、冷ややかに歳三を見つめている。
「島崎、山南さん、一緒に来てください」
 今まで沈黙を貫いていた勇が立ち上がり、部屋を出ていってしまった。さくらと山南は不思議そうに顔を見合わせたが、ここはついていくしかないだろうと立ち上がって勇についていった。
 その様子を見届け、三人に声が聞こえないだろうと判断した歳三が、おもむろに口を開いた。
「お前ら、気づいてるか」
「何が」左之助がキョトンとして答えた。
「サンナンさんの腕だ。去年やられてから、あれは……たぶん、動かないんだと思う」
「えっ!」
 左之助は周囲をぐるぐると見渡した。驚いているのは自分だけか、とでも言わんばかりである。
「薄々は」新八が言った。そして、ちらりと斎藤を見やった。斎藤が小さく頷いた。二人はすでに知っていたが、そのことはここでは伏せておこうという意味の目配せだった。
 続いて平助が、「僕も、前みたいな剣筋じゃないなぁ、とは」と同意した。
「最近の山南さんは、右側に力が入りすぎている」斎藤が初めて発言した。
「よって、先手を打たせてもらった」
 歳三は、この面々だけには、と真意を語った。山南を隊に繋ぎ止めるため。さくらを、守るため。
「確かに。島崎さんは女だってだけで寝首を掻かれる危険性もありますしね」平助が頷いた。
「そういうわけだ。今まではなんだかんだで芹沢に気に入られてたことが抑止力になっていたが、これからはそうもいかない。わかったら、この話は終いだ」
 歳三がこれ以上の問答は無用とばかりに言ったので、全員おずおずと立ち上がって部屋を出ていった。

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