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法度②
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ここで、一人の男の最期について触れなければならない。
さくら達の人生が一変した文久三年が暮れようとしている折、彼は腹を切り、この世を去った。
芹沢派の最後の一人・野口健司である。
野口は、芹沢たちが亡くなった後も、その若さゆえか近藤派の面々とも柔軟にうまくやっていた。特に、歳の近い平助、総司や、同じ流派を修めた新八とは馬が合ったようで、共に飲みに出かけたりすることもあった程だ。
その野口が、芹沢暗殺の真相を探り始めている、ということが判明した。
どうしてわかったかといえば、さくらが「監察」の任務で新入隊士を尾けていたことに端を発する。
この監察という仕事、諸士調役としての任務が軌道に乗り始めた頃合いに、追ってさくら達に課せられた任務だった。
字面から読み取れる通り、監視すなわち隊の内部の人間に素行不良がないかどうか、間者が紛れていないか、などを調べる役目である。
年明けにはまた将軍家茂が上洛するとあって、新選組は一層大きく、強く変わっていく必要に迫られていた。何よりまず、頭数を増やすことが至上命題。現に、隊士の数も今や六十人を越えようとしている。その顔ぶれは「個性豊か」と言えば聞こえはいいが、素性の不確かな者がちらほら入ってきているのも事実だ。
そうした隊士らの素性を調べるのが「監察」の仕事だ。特に、新入りの隊士は本当に純粋な尽忠報国の志から入隊したのかどうか、確かめる必要があった。
そんな中、新入りの隊士を連れては飲みにでかけていたのが、野口であった。
さくらとしては、野口の動向など眼中にはなかったのだが、彼が酔った勢いでぺらぺらと話した内容が聞き捨てならないものであった。
「芹沢さんっていう局長がいたんだ。つい二か月か三か月くらい前まではな。長州のやつらに暗殺されたって話だが、俺はあの斬られ方は天然理心流じゃないかと思うんだよ。もちろん、確証はないがな。だが、天然理心流といえば、近藤局長はじめ、土方、沖田、島崎っていう主要幹部の十八番なわけだ。なんだかなあ、俺ぁ腑に落ちないんだよ」
新入隊士の素行調査などどうでもよくなってしまう程の破壊力だ。ちなみにさくらは枝豆の行商人になりきって店の脇にある小窓から中の様子を伺っていたわけだが、あやうく枝豆をぶちまけてしまうところだった。
このことを勇や歳三に報告すると、歳三が開口一番こう言った。
「野口を、嵌めるぞ」
これ以上言説を垂れ流されては大変だ。「まだ若いのだから、見逃してやったらどうだ」などと言っている場合ではなかった。
野口もまた、酒をしこたま飲ませれば御しやすい男であった。懐にまとまった額の金子を入れ、後にそれが盗まれた金だと濡れ衣を着せた。 そうして、あっと言う間に切腹の運びとなった。
「近藤さん、俺はあの世で芹沢さんに会ったら、話したいことがたくさんあるんですよ」
意味深な言葉を残して、野口は腹を切った。だが、とにかくも、これで本当に「芹沢派」が一掃された。
そして、この「勝手に金策をすると切腹に追い込まれる」という前例は、のちに生まれる鉄の掟の土壌となったのである。
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