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代償②
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さくらは表に出ていった。
女将はさくらの姿を目にすると、悲痛な表情を浮かべ、「来たらあかん」と言った。その向こうにはニタニタと嫌な笑みを浮かべる男たちが立っている。八人だ。明らかに、この高級店にそぐわない汚い身なり。
店頭にいた客や店子たちは皆怯えたような目をしてなるべく奥に下がっている。そのうちの一人が、裏口に行こうとした。
「おおっと!一人でもこの場を離れて助けなんて呼んでみろ。女将さんの首が飛ぶぞ」主犯格と思しきがっしりとした男が、女将に近づいて顎をくいっと上げた。女将は怯えたように黙りこむしかなかった。
「とにかく、大人しく金を出せよ」もう一人のひげ面の男が言った。
「ですから、生憎お渡しするようなお金は……」
「なんべん言わせりゃ気が済むんじゃ!あるのはわかってるんだ」
男は激高して女将の胸倉を掴もうとした。が、掴んだのは女将ではなかった。
「なんだ、お前?」
胸倉を掴まれていたのは、間に割って入ったさくらだった。
「お客はん、なんて危ないことを……!」女将は框に尻餅をついてさくらを見上げた。
さくらは男を見上げ、睨みつけた。
「ここは呉服屋。お金を借りるところではありませんよ?」さくらはにっこりと微笑んだ。
「なんだと……!?おい、こいつが先だ!」
胸倉を掴んでいた男は背後の男に指示すると、さくらはあっと言う間に囲まれて後ろから羽交い絞めにされた。
「お前、ここの客ってことはそれなりに金持ってるんだろ?大人しく出せば放してやってもいいぜ」
「ふん、お生憎様……!」
さくらは自分の首を抑えている腕にがぶりと噛みついた。「うわあ!」と怯んだ男が手を離した瞬間、さくらは懐から小刀を取り出すと、たった今自分を羽交い絞めにしていた男の背後に回って、首に小刀を沿わせた。
「な、お前、何者だ……!」
「初、と申します。ここの反物がいたく気に入りましてね。注文しているんですよ。今日は帯もお願いしようかと」
「そ、そんなことを聞いているのではない!ただの女子がなぜそんな飛び道具を……!」
「最近、このあたりも物騒だと聞きましてね。護身術を少々」さくらはにっこりと微笑んだ。
さくらは、目の端で男たちの背後を見た。山南、歳三、島田、新入りの谷、松原、武田という隊士の計六名が到着した。
「その方の言う通りですよ」山南が言った。
「ここで金の無心をするなど言語同断。ゆっくり話を聞かせてもらいたいので、奉行所まで一緒に来てもらえますか」
「お前ら、何者だ」
「新選組。大人しく縄につくならそれで結構。ただし、手向かいすれば、斬り捨てます」
山南は鋭い眼差しを向けた。
男たちは、怯んだようにごくりと唾を飲んだ。しかし、「なんだと!」と言いながら、彼らは刀を抜いた。それならば、と新選組の側も刀を抜く。
一瞬の間。それから、キン、キン、と刀がぶつかりあう音がし始めた。さくらは自分が押さえ込んでいた男を急所を外して斬りつけると、その場で突き飛ばし、奥へと駆けた。驚いて腰を抜かしている女将を助け起こす。
「裏口はありますか?お客さんたちを連れて逃げてください。それから、京屋か、奉行所、近い方に誰かを走らせて応援を呼んでいただけますか」
女将はこくこくと頷いた。やっと絞り出したように出た言葉は、「あんさん、一体何者……?」
「ここの客ですよ。仕立て、楽しみにしていますからね」さくらはにっこりと微笑んだ。
女将たちが奥の部屋へ逃げていくのを見届けながら、戦線に加わろうとさくらは周囲を見渡した。
「このアマ!」一人の浪士が飛び掛かってきた。さくらはさっと足を払って男を転ばせると、手の甲に小刀を突き刺した。ぐわあ!とうめき声を上げる男の背中を片足で踏みつけながら、「誰か!縄持ってるか!」と声をかけた。
島田が、捕縛用の縄をさくらに投げた。さくらはそれを受け取ると男に縄をかけていった。
「くそっ!」
「島崎さんっ!」
別の浪士がさくらに飛び掛からんと框を上がってくるところだった。それを追いかけるように、山南が男の背中を一刀斬り伏せた。
「山南さん、後ろ!」
一人倒した安堵からか、ほんの一瞬だけ、山南に隙ができた。さくらが叫び、山南が振り返った時は、少し遅かった。
キーン!と嫌な音がした。山南の刀は、刃先三分の一程が折られ、飛ばされた。なすすべもなく、浪士が振り下ろした刀が山南の腕を捉えた。
刹那、時が止まったような気さえした。さくらは驚き、その光景を見つめることしかできなかった。が、「うっ!」という山南の呻き声で我に返った。ちょうど、浪士は体勢を崩し転びかけていた。さくらはすかさず浪士の前に躍り出て、小刀を自分の胸の前に構えた。浪士はそのままさくらの方へ倒れこみ、腹に小刀が刺さった。
痛みに呻く男とのしかかられて身動きが取れないさくらは同時に「誰か!」と叫んだ。
「サク!サンナンさん!」自身も目の前の敵に集中していた歳三が、相手を倒しようやく状況を理解したようだ。駆けつけて、さくらの上に乗っかっている男を蹴ってどかすと縄をかけた。
結局、この騒動で一人が死亡、五人を捕縛。残る二人はどさくさに紛れて逃亡した。ひとまずは、新選組が勝ち星を挙げた格好である。
だが……
「山南さん!山南さん!」
左の二の腕を斬られた山南は、血を流し、意識が混濁している。
さくらは手ぬぐいでその腕を縛りながら、必死に名前を呼び続けた。
女将はさくらの姿を目にすると、悲痛な表情を浮かべ、「来たらあかん」と言った。その向こうにはニタニタと嫌な笑みを浮かべる男たちが立っている。八人だ。明らかに、この高級店にそぐわない汚い身なり。
店頭にいた客や店子たちは皆怯えたような目をしてなるべく奥に下がっている。そのうちの一人が、裏口に行こうとした。
「おおっと!一人でもこの場を離れて助けなんて呼んでみろ。女将さんの首が飛ぶぞ」主犯格と思しきがっしりとした男が、女将に近づいて顎をくいっと上げた。女将は怯えたように黙りこむしかなかった。
「とにかく、大人しく金を出せよ」もう一人のひげ面の男が言った。
「ですから、生憎お渡しするようなお金は……」
「なんべん言わせりゃ気が済むんじゃ!あるのはわかってるんだ」
男は激高して女将の胸倉を掴もうとした。が、掴んだのは女将ではなかった。
「なんだ、お前?」
胸倉を掴まれていたのは、間に割って入ったさくらだった。
「お客はん、なんて危ないことを……!」女将は框に尻餅をついてさくらを見上げた。
さくらは男を見上げ、睨みつけた。
「ここは呉服屋。お金を借りるところではありませんよ?」さくらはにっこりと微笑んだ。
「なんだと……!?おい、こいつが先だ!」
胸倉を掴んでいた男は背後の男に指示すると、さくらはあっと言う間に囲まれて後ろから羽交い絞めにされた。
「お前、ここの客ってことはそれなりに金持ってるんだろ?大人しく出せば放してやってもいいぜ」
「ふん、お生憎様……!」
さくらは自分の首を抑えている腕にがぶりと噛みついた。「うわあ!」と怯んだ男が手を離した瞬間、さくらは懐から小刀を取り出すと、たった今自分を羽交い絞めにしていた男の背後に回って、首に小刀を沿わせた。
「な、お前、何者だ……!」
「初、と申します。ここの反物がいたく気に入りましてね。注文しているんですよ。今日は帯もお願いしようかと」
「そ、そんなことを聞いているのではない!ただの女子がなぜそんな飛び道具を……!」
「最近、このあたりも物騒だと聞きましてね。護身術を少々」さくらはにっこりと微笑んだ。
さくらは、目の端で男たちの背後を見た。山南、歳三、島田、新入りの谷、松原、武田という隊士の計六名が到着した。
「その方の言う通りですよ」山南が言った。
「ここで金の無心をするなど言語同断。ゆっくり話を聞かせてもらいたいので、奉行所まで一緒に来てもらえますか」
「お前ら、何者だ」
「新選組。大人しく縄につくならそれで結構。ただし、手向かいすれば、斬り捨てます」
山南は鋭い眼差しを向けた。
男たちは、怯んだようにごくりと唾を飲んだ。しかし、「なんだと!」と言いながら、彼らは刀を抜いた。それならば、と新選組の側も刀を抜く。
一瞬の間。それから、キン、キン、と刀がぶつかりあう音がし始めた。さくらは自分が押さえ込んでいた男を急所を外して斬りつけると、その場で突き飛ばし、奥へと駆けた。驚いて腰を抜かしている女将を助け起こす。
「裏口はありますか?お客さんたちを連れて逃げてください。それから、京屋か、奉行所、近い方に誰かを走らせて応援を呼んでいただけますか」
女将はこくこくと頷いた。やっと絞り出したように出た言葉は、「あんさん、一体何者……?」
「ここの客ですよ。仕立て、楽しみにしていますからね」さくらはにっこりと微笑んだ。
女将たちが奥の部屋へ逃げていくのを見届けながら、戦線に加わろうとさくらは周囲を見渡した。
「このアマ!」一人の浪士が飛び掛かってきた。さくらはさっと足を払って男を転ばせると、手の甲に小刀を突き刺した。ぐわあ!とうめき声を上げる男の背中を片足で踏みつけながら、「誰か!縄持ってるか!」と声をかけた。
島田が、捕縛用の縄をさくらに投げた。さくらはそれを受け取ると男に縄をかけていった。
「くそっ!」
「島崎さんっ!」
別の浪士がさくらに飛び掛からんと框を上がってくるところだった。それを追いかけるように、山南が男の背中を一刀斬り伏せた。
「山南さん、後ろ!」
一人倒した安堵からか、ほんの一瞬だけ、山南に隙ができた。さくらが叫び、山南が振り返った時は、少し遅かった。
キーン!と嫌な音がした。山南の刀は、刃先三分の一程が折られ、飛ばされた。なすすべもなく、浪士が振り下ろした刀が山南の腕を捉えた。
刹那、時が止まったような気さえした。さくらは驚き、その光景を見つめることしかできなかった。が、「うっ!」という山南の呻き声で我に返った。ちょうど、浪士は体勢を崩し転びかけていた。さくらはすかさず浪士の前に躍り出て、小刀を自分の胸の前に構えた。浪士はそのままさくらの方へ倒れこみ、腹に小刀が刺さった。
痛みに呻く男とのしかかられて身動きが取れないさくらは同時に「誰か!」と叫んだ。
「サク!サンナンさん!」自身も目の前の敵に集中していた歳三が、相手を倒しようやく状況を理解したようだ。駆けつけて、さくらの上に乗っかっている男を蹴ってどかすと縄をかけた。
結局、この騒動で一人が死亡、五人を捕縛。残る二人はどさくさに紛れて逃亡した。ひとまずは、新選組が勝ち星を挙げた格好である。
だが……
「山南さん!山南さん!」
左の二の腕を斬られた山南は、血を流し、意識が混濁している。
さくらは手ぬぐいでその腕を縛りながら、必死に名前を呼び続けた。
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