浅葱色の桜

初音

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代償①

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 長州との繋がりまではわからないものの、浪士が悪さをしているらしい、という情報は新選組が出動するには十分な知らせだった。
 数日後、歳三、山南、他十数名の平隊士が大坂に入った。さくら達も京屋に戻り、歳三たちと合流した。
「ご苦労だったな。『諸士調役』初戦は上々といったところか」歳三がニヤリと笑った。
「当たり前だ。ここまで大掛かりに『女装』しておいて収穫なしじゃ労力に見合わぬ」さくらはぶっきらぼうに言った。
「ここからは通常通り巡察をする。地区は絞れた。あとは浪士がどこにどのくらいの頻度で出没するのかを特定しなけりゃなんねえ」

 いちいち髪型を変えるのが煩雑だからと、さくらは引き続き女の格好のまま市内の探索に当たることになった。
 ただ、ここからは旅籠ではなく買い物をする奥様のような体で米問屋や小間物屋、呉服商などを見て回ることにした。
 その中で、とある呉服商に入った時、さくらは違和感を覚えた。そこは岩木升屋《いわきますや》という大坂でも有数の呉服商なのであったが、活気がない。
「あれまあ、まいどおおきに」
 女将と思しき女性が出てきて、恭しく接客してくれた。一見の客に対するものにしては、やけに丁重である。
 上がり框のところではなく、その少し奥にある小部屋に案内された。
「奥様、何をお求めで」
「ええと、一着仕立てていただきたいの。反物を見せてくださる?」
「へえ、すぐにお持ちしますさかい」
 女将は一緒にいた女中に、奥の部屋から反物の見本を持ってくるように伝えた。
 それを待つ間、女将は「どちらから」などと世間話を振ってきた。さくらは適当に質問に答えると、これ以上詮索されないように、会話の主導権を握った。
「よかったんですか?私のような一見の客にこのようにご丁寧に……」
「構しまへん。うちはどんなお客様も丁寧におもてなしするのが信条ですさかい」
「そうですか……実は、風の噂で、このお店はいつも混んでいるから、と伺っていたもので」
 女将は、ああ、と表情を曇らせた。
「どうかされたのですか?」
「いえ……実は、お恥ずかしい話、最近、このあたりも物騒になりましてなぁ。お客さんもあんまり寄りつかんようになって」
「そうでしたのね……確かに、私も近くのお店で見たことがあります。あまり身なりのよくない人たちが商家に押し入ってお金をせびるような」
「まさにそれなんです。断ると乱暴されるような気ぃがして、強く断れんのです」
「えっ、ここにも来るのですか?」さくらは驚いてみせたが、演技くさくなりすぎてやいないかと、内心ヒヤヒヤとした。
 女将は「へえ、まあそうなんです」と小さい声で答えた。
 そういう輩は我ら新選組にお任せください!などと言えるはずもなく、さくらは女将に合わせて暗い顔を浮かべ、「それは大変でしたわね」と答えた。
「でも、それならゆっくり見させてもらおうかしらね」
 さくらがにこりと微笑むと、女将も接客用の笑顔に戻った。ちょうどその時反物をいくつか持って女中が戻ってきた。
 仕事とはいえこんなにいい着物をじっくり選ぶなんて初めてかもしれない、ということにさくらは気づき、なかば任務を忘れそうになりながら反物を選んでいった。中でも目に入ったのは、薄い桜色の反物だった。
 ――もう少し若ければ、こんな明るい色づかいも似合っただろうが……三十路女にはいささか……
 脳裏に、ぽんっと山南の顔が浮かんだ。それを、脳内で「いやいやいや」と言いながらさくらは打ち消した。

 その夜、さくらは岩木升屋で見聞きしたことを山南や歳三らに報告した。
「手がかりとしては十分ですね。早速そこを重点的に見ていきましょう」山南が即決とばかりに言った。
「島田、山崎。岩木升屋の周辺に、張り込めそうな店か家はあるか」歳三が二人に尋ねた。
「はい。向かい側には小料理屋、裏手には生糸問屋の太田屋があります。この太田屋は岩木升屋と得意先・仕入れ先の関係にあります」島田がスラスラと言ってのけた。
「うーん、どちらも長居して張り込むには無理があるな」さくらは首を捻った。すると、山崎が手を挙げた。
「ほんなら、私が乞食にでも扮してずっと店先にいますよ。まあ、それもそれで怪しいでしょうから、ときどき皆さんが交代で小料理屋で飯でも食ってもらって、その間は私はどこか別の場所に移ります」
「なるほど、それなら四六時中誰かしらがあの店を見張っていられるな」歳三がニヤリと笑みを浮かべた。
「ならば、私も不自然になりすぎぬ頻度で引き続き客として岩木升屋に通おう」さくらが請け負った。
 作戦は決まった。かくして、大坂詰めの新選組は岩木升屋の注視に人員の半分を割き、浪士がやってくるのをじっと待つことにした。

 数日後、さくらは再び岩木升屋を訪れ、帯も追加で欲しいなどと言って半時ほど居座っていた。この日、山崎が掛け取りに出ていく下男を目撃したのである。すなわち、戻ってきた下男から金をゆすろうとする輩が現れる可能性が高い。半ば賭けではあったが、さくら達はこの時に狙いを定めた。
 すると、読みが当たった。
「主人はいるか!」
 どすの利いた声が店先から聞こえてきた。
 さくらの接客をしていた女将が、「すんまへんな」と声をかけ、入り口に向かおうとした。
「もしかして、例の……?」さくらが尋ねた。
「そうとも限らへんのですよ。主人は留守にしてますよって、私が」
 さくらは女将が部屋から出ていくのを確認すると、今いる部屋の出窓の格子をカラカラと開け、路地を見渡した。
「そこの者」
 呼び掛けると、乞食の姿をした山崎が近づいてきた。何も言わずに、出窓の下に腰を下ろす。
「来たぞ。皆に知らせろ」さくらは声を落として、山崎に指示した。
 山崎はこくりと頷くと、立ち去った。



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