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女子として②
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結局、当初の作戦は変更していた。さくらが言葉を習得できなかったというのもあるが、どちらにせよ女中として潜入するのは時間がかかりまどろっこしい。その店が外れだった場合に鞍替えするのにも難儀する。
さくらと、お供の者に扮した山崎は、人を探して大坂にやってきたという体を装い、いつも使っている京屋ではなく別の旅籠に泊まった。
さくらは、旅籠の主人に単刀直入に切り込んだ。
「私、夫を探しているのです。先の政変で都を追われたという話だったので、国元に帰ってくると思ってずっと待っていたのですが……消息がわからないままなのです」
さくらはいつもの威勢のよさを隠し、しおらしい奥様を演じようと努めた。関西弁は無理だったが、せめてこのくらいの演技はしなければ密偵は務まらない。
「へえ。そら大変ですな。国元はどちらで」幸い、主人は何も気に留めないようだった。
「夫は、長州の人間なんですの。もっとも、浪士も同然の下級の身分でしたから、騒動の中心にいたわけではないと思うのですが……」
「それにしては、あんた、東国もんみたいなしゃべり方やなあ」
早速来た、とさくらはヒヤリとしたが、そこは用意していた答えで乗り切った。
「もとは私、江戸の出でして。はるばる西国に嫁いだものですから、確かに言葉では苦労しました」
主人は、「はあ」と納得したようなしていないような顔をした。
「今、長州の人間は都への出入りを禁じられているのでしょう?女なら、あるいはと思ってここまでやってきました。何か、ご存知ありませんか?長州か、それに近い人たちがいる場所。もちろん、公に言えないのはわかっています。だから、噂程度でも構いません。どのあたりかに、夫や、その仲間が必ずいると思うのです」
ここで得られた答えは「何も知らない」というものだった。
もっとも、一軒目で目当てにぶち当たるとは思っていなかった。諦めずに、同じ方法でさくら達は何件かの旅籠や商家を当たった。
そのうちに、さくらは手掛かりを掴んだ。
定宿の京屋から半里ほど西の地区。その中のとある旅籠で、同じようなことを聞いたところ、部屋に食事を運んできた給仕係の男性がこんな気になることを言った。
「長州、かはわからんですけど、最近この辺は治安が悪うてなあ。金持ってる商人のとこに押し入っては大金を巻き上げていくっちゅうわけで。その金が、長州さんに流れてるとかいないとか。もしそやったら、手引きしとる長州関係の人がおるんやないですか」
「そ、それは本当でございますか。ありがとうございます」
「こんな話で探せるんですか」
「なんとか、頑張ってみます」
さくらは嬉しそうに笑ってみせ、逆にそれ以上聞かれないように話題をそらした。
「おいしそうなお料理ですね。さすがは天下の台所。お魚もつやつやして」
給仕係が部屋を出ていくと、さくらは笑顔を消し、「山崎」と呼んだ。
部屋の隅に座っていた山崎は、「へえ、奥様」と返事をした。
「ふっ、徹底しているな。今の話、下に伝えてこい」
「承知」
山崎は、懐から出した紙にさらさらと今聞いた話を書き始めた。
さくらはその様子を見ながら、何気ない世間話をするつもりで山崎に話しかけた。
「とりあえず、これで最初の役目は果たしたな。久しぶりに女物の着物で歩き回ったから、疲れた」
「いうても、島崎先生はずっと女子の格好で過ごしてきたんと違いますか?」
「そうだ。だから男装すると決めた時は少し寂しいような気持ちもあったが、今じゃ早く袴に戻りたいなんて思ってるんだから、わからぬものだな。この格好は窮屈で敵わん」
「へぇ、でも、しっかりやってもらわんと困りますよ」
ん?と、この若干生意気な発言にさくらは少々面食らった。
山崎は、筆を動かす手を止め、さくらを見た。
「ほんまに女子やったんなら、女子を活かしてちゃんとやってもらわんと困る言うてるんです。そも、私は近藤先生や土方先生の命だからこそ島崎先生の下について今の仕事しとるんやさかい。それやなかったら、誰が好き好んで女子の下に付くかって話ですわ」
「なっ……!」
「新入りが生意気な、と思うてるでしょうが、新入りだから言わせてもらいます。武士になりたい、この治安悪い京都や大坂を守りたい、そう思うて入ったら、副長助勤いう幹部に女子が混じってたなんて寝耳に水でしたわ。身分は問わないいう触れ込みやし、私とて鍼屋の倅ですからえらそうな口利ける立場じゃないのもわかっとります。けど、『女子の下につけなんて、馬鹿にしてんのか』って言うてる隊士は一人や二人じゃあらへんですよ」
さくらは、ガツンと頭を殴られたような心地がした。
そんなことは、薄々、わかっていた。新選組隊士の募集条件は「身分は問わず。尽忠報国の志ある者」。だが、それが農民なのか商人なのか武士なのか、という話以前の問題。さくらは、ただ女だからという理由だけで、農民よりも商人よりも「下」なのだ。
だがこうもはっきりと言われると、堪《こた》える。ふと、斎藤や島田の顔が浮かんだ。彼らのような、今や古参の隊士として日々共に闘ってくれている者も、そんな風に思っているのだろうか、と。
「そうか……ならば私は、皆に認められるような武士になるべく、精進するしかない」
山崎は何も言わず、手紙の続きを書き始めた。それが終わると、懐に入れて立ち上がった。
「武士って、なんですかね」
ぽつりと言うと、山崎は部屋を出ていった。
外で、島田が待機している。山崎から渡された手紙を、島田が壬生に届け、今回得た情報を伝える手はずになっている。
一人になったさくらははあ、と息をつくと、出された食事に手をつけた。
――気をしっかり持て。ぶれるな。そうでなければ、新選組に私の居場所はない。
ひとまず別のことを考えようと、さくらは口に含んだ魚をしっかり味わった。先ほどおいしそうだ、と言った魚は本当においしかった。
さくらと、お供の者に扮した山崎は、人を探して大坂にやってきたという体を装い、いつも使っている京屋ではなく別の旅籠に泊まった。
さくらは、旅籠の主人に単刀直入に切り込んだ。
「私、夫を探しているのです。先の政変で都を追われたという話だったので、国元に帰ってくると思ってずっと待っていたのですが……消息がわからないままなのです」
さくらはいつもの威勢のよさを隠し、しおらしい奥様を演じようと努めた。関西弁は無理だったが、せめてこのくらいの演技はしなければ密偵は務まらない。
「へえ。そら大変ですな。国元はどちらで」幸い、主人は何も気に留めないようだった。
「夫は、長州の人間なんですの。もっとも、浪士も同然の下級の身分でしたから、騒動の中心にいたわけではないと思うのですが……」
「それにしては、あんた、東国もんみたいなしゃべり方やなあ」
早速来た、とさくらはヒヤリとしたが、そこは用意していた答えで乗り切った。
「もとは私、江戸の出でして。はるばる西国に嫁いだものですから、確かに言葉では苦労しました」
主人は、「はあ」と納得したようなしていないような顔をした。
「今、長州の人間は都への出入りを禁じられているのでしょう?女なら、あるいはと思ってここまでやってきました。何か、ご存知ありませんか?長州か、それに近い人たちがいる場所。もちろん、公に言えないのはわかっています。だから、噂程度でも構いません。どのあたりかに、夫や、その仲間が必ずいると思うのです」
ここで得られた答えは「何も知らない」というものだった。
もっとも、一軒目で目当てにぶち当たるとは思っていなかった。諦めずに、同じ方法でさくら達は何件かの旅籠や商家を当たった。
そのうちに、さくらは手掛かりを掴んだ。
定宿の京屋から半里ほど西の地区。その中のとある旅籠で、同じようなことを聞いたところ、部屋に食事を運んできた給仕係の男性がこんな気になることを言った。
「長州、かはわからんですけど、最近この辺は治安が悪うてなあ。金持ってる商人のとこに押し入っては大金を巻き上げていくっちゅうわけで。その金が、長州さんに流れてるとかいないとか。もしそやったら、手引きしとる長州関係の人がおるんやないですか」
「そ、それは本当でございますか。ありがとうございます」
「こんな話で探せるんですか」
「なんとか、頑張ってみます」
さくらは嬉しそうに笑ってみせ、逆にそれ以上聞かれないように話題をそらした。
「おいしそうなお料理ですね。さすがは天下の台所。お魚もつやつやして」
給仕係が部屋を出ていくと、さくらは笑顔を消し、「山崎」と呼んだ。
部屋の隅に座っていた山崎は、「へえ、奥様」と返事をした。
「ふっ、徹底しているな。今の話、下に伝えてこい」
「承知」
山崎は、懐から出した紙にさらさらと今聞いた話を書き始めた。
さくらはその様子を見ながら、何気ない世間話をするつもりで山崎に話しかけた。
「とりあえず、これで最初の役目は果たしたな。久しぶりに女物の着物で歩き回ったから、疲れた」
「いうても、島崎先生はずっと女子の格好で過ごしてきたんと違いますか?」
「そうだ。だから男装すると決めた時は少し寂しいような気持ちもあったが、今じゃ早く袴に戻りたいなんて思ってるんだから、わからぬものだな。この格好は窮屈で敵わん」
「へぇ、でも、しっかりやってもらわんと困りますよ」
ん?と、この若干生意気な発言にさくらは少々面食らった。
山崎は、筆を動かす手を止め、さくらを見た。
「ほんまに女子やったんなら、女子を活かしてちゃんとやってもらわんと困る言うてるんです。そも、私は近藤先生や土方先生の命だからこそ島崎先生の下について今の仕事しとるんやさかい。それやなかったら、誰が好き好んで女子の下に付くかって話ですわ」
「なっ……!」
「新入りが生意気な、と思うてるでしょうが、新入りだから言わせてもらいます。武士になりたい、この治安悪い京都や大坂を守りたい、そう思うて入ったら、副長助勤いう幹部に女子が混じってたなんて寝耳に水でしたわ。身分は問わないいう触れ込みやし、私とて鍼屋の倅ですからえらそうな口利ける立場じゃないのもわかっとります。けど、『女子の下につけなんて、馬鹿にしてんのか』って言うてる隊士は一人や二人じゃあらへんですよ」
さくらは、ガツンと頭を殴られたような心地がした。
そんなことは、薄々、わかっていた。新選組隊士の募集条件は「身分は問わず。尽忠報国の志ある者」。だが、それが農民なのか商人なのか武士なのか、という話以前の問題。さくらは、ただ女だからという理由だけで、農民よりも商人よりも「下」なのだ。
だがこうもはっきりと言われると、堪《こた》える。ふと、斎藤や島田の顔が浮かんだ。彼らのような、今や古参の隊士として日々共に闘ってくれている者も、そんな風に思っているのだろうか、と。
「そうか……ならば私は、皆に認められるような武士になるべく、精進するしかない」
山崎は何も言わず、手紙の続きを書き始めた。それが終わると、懐に入れて立ち上がった。
「武士って、なんですかね」
ぽつりと言うと、山崎は部屋を出ていった。
外で、島田が待機している。山崎から渡された手紙を、島田が壬生に届け、今回得た情報を伝える手はずになっている。
一人になったさくらははあ、と息をつくと、出された食事に手をつけた。
――気をしっかり持て。ぶれるな。そうでなければ、新選組に私の居場所はない。
ひとまず別のことを考えようと、さくらは口に含んだ魚をしっかり味わった。先ほどおいしそうだ、と言った魚は本当においしかった。
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