浅葱色の桜

初音

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新たな一歩②

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***

 翌日。
 歳三の部屋に呼ばれていたのはさくらだけではなかった。勇と、山南もいた。
「勝っちゃん、サンナンさん、考えたんだけどよ」
「なんだトシ、改まって」勇がきょとんとして尋ねた。
「間者を、派遣しようと思ってよ」
「間者?」
 歳三以外の三人は、何のことだ、と聞き返した。
「この前、間者騒ぎがあっただろ」歳三はニヤリと笑みを浮かべた。
 間者騒ぎ、というのは、荒木田左馬之介あらきださまのすけ御倉伊勢武みくらいせたけら数名の隊士が、長州の間者だったとして処断された一件だ。屯所で髪結いに髪型を整えてもらっている最中に、総司と斎藤が背後から突くという昼間からなんとも凄惨な暗殺劇だった。
 芹沢の死からまもない頃であったため、彼らが芹沢殺しの下手人だったのだろうと誰からともなく結論づけられた。こうして瞬く間に隊内では芹沢暗殺事件については「一件落着」となった。
 というのは表向きの話。
 もちろん、芹沢殺しの下手人は彼らではない。そもそも彼らは出身こそ確かに長州とその周辺の藩であったが、間者である証拠などはなかった。彼らが処断された理由があるとすれば、それは「芹沢に傾倒し過ぎた」からに他ならない。第二の平山、新見、ひいては芹沢を生み出さないために、芽を刈り取った格好である。
「あれで思いついた。そもそも、今まではお上から『あっちに不逞浪士』『こっちに尊攘過激派』って調子で言われるがままに動いてただろ。これから新選組を大きくするにあたって、そんなんじゃいつまで経っても武功は上げられねえ」
 新選組、という名前がさらりと出てきたが、さくらはまだなんとなくそう呼ばれるのが慣れないというか、くすぐったいような心地がしていた。だが、今はもちろんそこは本題ではない。さくらは頷きながら歳三の次の言葉を待った。
「こっちから、方々に間者を派遣し、敵方の内情を探る。『諸士調役』とでも言おうか。そういう役職を作ったらいんじゃねえか、と思ったんだが、どうだ」
 話を聞いていた三人は、「なるほど」と膝を打った。
「悪くない。いいんじゃないか?」勇は即時同意した。
「本当、お前はそういう知恵がよく働く」さくらもクスリ、と笑った。
「やってみる価値はありそうですね。人選は如何に?」
 山南の問いに、歳三は待ってましたとばかりに笑みを浮かべた。
「京や大坂の地理に詳しいやつらを配置する。それでだな、そのまとめ役・頭にあたる任務を、さくらに任せたい」
「なぜだ。私は別にこのあたりの地理には詳しくないぞ」
「お前には奥の手があるだろう……女装だ」
「なっ」
 さくらと勇は、信じられないとばかりに声を漏らした。山南は、「諸士調役の頭をさくらに」という時点で察していたのか、大して驚いたような素振りは見せなかったが、眉間にしわを寄せて様子を見守っていた。
「まさか、女が新選組の間者だとは思うまい。適任だろう。これからは、通常の巡察隊とは別行動で任務に当たってもらうことになるから」
「歳三」
 さくらは、歳三を睨みつけた。
「それは、私に一線から退け、と言っているのか?」
「どうしてそうなる。むしろ、大役を任せたいと言ってんだ」
「私が女子だから、だろう。……歳三、お前がそんなことを言い出すなんてな」
 さくらは悲しそうな表情を浮かべると、立ち上がった。
「さくら、どこ行くんだ」勇が慌てたように言った。 
「考えさせてくれ」
 さくらはそれだけ言って部屋を出た。

 一人で考えたくて、一人になれる場所を探した。
 行きついたのは、芹沢の墓の前だった。壬生寺の裏手にある、共同墓地の中だ。
「芹沢さん、私はどうしたらいいんでしょうね」
 物言わぬ墓石の前に座り、語りかけた。
「ふふっ、どの面下げて人生相談なんかしてやがんだって、思いますか?でも私、大好きな人の墓の前で喋るのが好きみたいなんです。あ、そういう意味の好きではないですよ?」
 くすっとごまかすように笑ったが、当然、返事はない。さくらは墓石をじっと見つめ、ため息をついた。抱えた膝に顔を埋めると、視界が暗くなった。
 自分でも、わからなかった。
 女扱いをして欲しいのか、して欲しくないのか。
 対等に、対等に。そう思ってここまで来たものの、対等とは?という思いが首をもたげる。

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