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法度①
しおりを挟む山南の怪我は命には別条のないものだった。最初こそ出血から少しぼうっとしている様子だったが、やがて食事も会話も今まで通りできるようになった。
大坂は引き続き警戒が必要だということで、交代要員として新八と左之助を呼び寄せ、さくらと歳三は山南を連れて壬生の屯所へと戻った。岩木升屋での一件から七日後のことであった。
「山南さん!」
知らせを聞いていた勇や総司、平助らが血相を変えて山南の部屋に集まってきた。
「具合はどうなんですか」
「近藤先生、面目ない……」
山南は気落ちした様子だった。首から手ぬぐいで吊られている左腕が痛々しい。
「医者に言われた通り向こうで安静に過ごして、ようやく京に戻るのを許されたのだ」
さくらが補足説明した。平助が心配そうに聞いた。
「腕、治るんですよね?安静にしていれば」
「ああ。近藤先生、申し訳ありませんが、二、三日の間隊務を休ませてはもらえませんか」
「二、三日と言わず、しっかり休んでください。今無理をして、のちのちに響けばそれこそ新選組にとっても大きな痛手。幸い、今は隊士も増えてきていますし、少しくらい大丈夫です」
勇が語気を強めて言うので、山南は「ありがとうございます」と微笑んだ。
その後。将軍後見職の一橋慶喜が大坂に入るということで、新選組は勇も含めかなりの人数を割いて下坂することになっていた。当初は山南も行く予定だったが、この腕では役に立たないからと言って、京都に残った。
さくらは、もともと京都に残る予定だったのもあって、かいがいしく山南の看病をしていた。
罪悪感が、あった。あの時、自分の動き次第では山南をこんな目に合わせなくても済んだのではないか。そんな気持ちが、拭いきれない。
「山南さん、腕の手ぬぐい、替えますよ」
山南は源三郎と同室だったが、源三郎が大坂にいる今、一人部屋のようになっている。
「ありがとうございます。一人でいるには広すぎますから、誰か来てくれるのはありがたいですね」
「私でよければ、いつでも来ますよ」
言ってから、さくらは「今のは大胆発言なのではないか」「いや、そんなに大したことは言っていない」という自問自答を脳内で数回繰り返した。
それはともかく手ぬぐいだ、とさくらは左腕を吊っている手ぬぐいを外し、新しいものに入れ替えると、山南の首の後ろで結んだ。
「ありがとうございます」
「まだ、痛みますか?」
「動かさなければ、そこまででは。ただ、まだ剣の稽古をできるような状態ではなさそうです。申し訳ない」
「そんな、謝らないでください。むしろ、謝るのは私の方で……!」
「なぜです?」
「あの時、私がもっとうまく立ち回れていたら……」
山南は目尻を下げて笑みを見せた。
「何を言ってるんですか。さくらさんがいなければ、私は死んでいたかもしれません。むしろ私は、感謝しているんですよ」
そう言われてしまうと、それ以上何も言えなかった。感謝など、される筋合いはないのに。さくらには、山南の優しさが痛かった。
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